選挙前、陰謀論にハマった相手に何を伝えられるか|EDITOR’S LETTER

フェイクニュースや陰謀論を駆使して敵と味方という構図を仕立て、脊髄反射的なポピュリズムを煽る勢力が日本でも台頭している。選挙を前にわたしたちにできることはあるだろうか? 編集長・松島倫明からのエディターズレター。
選挙前、陰謀論にハマった相手に何を伝えられるか
praetorianphoto/GETTTY IMAGES

「わたしは自由と民主主義が両立可能だとはもう信じていない」──いまやテック右派の代表格ともいえるピーター・ティールが自らの失望をそう語ったのは15年以上前のことだ。曰く、多数決による民主主義が個人や経済の自由を制限することで、結果として技術的イノベーションが阻害され、文明の進歩を妨げている、というのがテクノリバタリアンである彼の一貫した主張となっている。

ティールやイーロン・マスクは衆愚を振り払って海上火星に真の“自由”国家を築こうとするわけだけれど、『WIRED』はもちろん、自由も民主主義もこの地上で同時に実現することを諦めてはいない。けれども、いまこの日本において、自由と民主主義がともに機能不全に陥りつつあることもまた、認めなくてはならない。太平洋の対岸でティールやマスクが担ぎ上げた大統領のロジックと同様、あらゆる偽情報や陰謀論を駆使して敵と味方という構図を仕立て、脊髄反射的なポピュリズムを煽る勢力が日本でも台頭していることは、あなたもすでにご存知だろう。

ここではっきりさせておこう。いまこれをお読みの『WIRED』の読者がそうした勢力を支持していると考えているわけではない。そうではなく、あなたがいまの状況について幾ばくかでも影響を与えられるからこそ、こうして呼びかけているわけだ。『WIRED』ではこれまで、地球平面説皆既日食Qアノン(リベラルの悪魔崇拝者からこの世界を救え!)から反ワクチン(身体にチップが埋め込まれて監視される!)、橋の崩落から5Gまで、あらゆるものが陰謀論へと転化する様とその真偽を正確に伝え、陰謀論が生まれる社会的技術的な構造や、それに一人ひとりがどう対処すればよいのかを伝え続けてきた。

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いまポピュリズム政党が掲げる、国民から主権を奪って国に差し出すような国家主義の末路がどうなるかを確認したければ、近現代史の教科書をパラパラとめくってみるだけで十分だろう。排外主義的主張についても、すでに訂正するファクトがいくらでも出回っている。つい先日参加した、日本で最大のAIコミュニティである「TOKYO AI」はまさに東京を拠点とする多国籍のエンジニアや研究者が混ざりあっていて、真のイノベーションを起こす必要条件を思い出させてくれる。ティールが民主主義を見限って至高の自由を希求するとすれば、いまのポピュリズム政党は民主主義の仕組みを利用してわたしたちの(そして身近な誰かの)自由を剥奪しようとしている。

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気にかかっているのは、米国と軌を一にするように前景化した「オーガニック右派」とも呼べる動きだ。個人的にも菜園や庭先養鶏を営む身として、まわりにオーガニック志向の人々も多いのだけれど、ちょうどパンデミックのときに、そうした人々に「反ワクチン」が多いことに気づき落胆したことを思い出す。自然志向が似非科学と結びつき、結果としてアンチ科学技術となる問題については、早くも2019年の特集「地球のためのディープテック」を支える問題意識として取り組んできた。かつてナチス・ドイツが有機農業に取り組んでいたように、「自然との共生」が土着性や民族主義と結びつき、自国ファーストの排外政策や差別を生み出す危険性があることには、十分注意したほうがいい。本来、自然らしさとは異物を含めた多種(マルチスピーシーズ)との協生を意味しているのだ。

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『WIRED』の動画シリーズ「The Big Interview」に登場した歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリは、「情報」と「真実」を区別した上で、ティールが夢見るような完全な自由市場においては、「情報の大部分はフィクションや幻想、あるいは嘘になり」、真実を知るには「特別な努力」が必要になるのだと指摘している。だとすれば、自由と民主主義はやっぱり両立しないんだと諦めるよりも、この「特別な努力」を払うことを、ぜひあなたの周りの人々にも勧めてほしい。『WIRED』にはそのためのコンテンツが豊富に揃っているし、『WIRED』の読者はまさに日々「特別な努力」を厭わない方々のはずだからだ。

日本ファクトチェックセンター編集長の古田大輔は『WIRED』の人気動画シリーズ「Tech Support」のなかで、嘘の情報を信じている人に真実を伝える効果的な方法について解説している。陰謀論だろうと似非科学だろうと、それを心から信じている人に向かって「それは間違っている」と伝えても、バックファイア効果によって一層その信念を強固なものにしてしまうのだという(まさに日々ネットで起こっていることだ)。エリート主義や報道機関こそが陰謀の首謀者だと信じる人々は、そもそもこうした情報に耳をふさぐばかりだろう。だからこそ、なぜそう信じるのか、何を根拠にしているのか、身近なところからそうした対話を始めるしかない。この記事は、その背中を押す一助となることを願って書かれている。

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