宮田裕章がナビゲート! 大阪・関西万博と“共鳴”する究極のコース:〈静けさの森〉編

大阪・関西万博の理念を体現する「大屋根リング」「静けさの森」「Better Co-Being」という三位一体コースを、テーマ事業プロデューサー宮田裕章と歩く3回シリーズ。大屋根リングを降りた一行は会場の中心、静けさの森へ。
〈静けさの森〉編:大阪・関西万博と“共鳴”する究極のコース
PHOTOGRAPH: MISA SHINSHI

※〈大屋根リング編〉から続く。

円環とその中心──それが大阪・関西万博の理念を体現する場所なのだと、テーマ事業プロデューサーを務める宮田裕章は言う。そこで、編集長の松島倫明が実際に宮田と「大屋根リング」「静けさの森」「Better Co-Being」を結ぶコースを一緒に歩きながら、そこから立ち上がる芳醇なるコンテクストと「未来への問い」を読み解いていくことに。今回は「大屋根リング」を降りて会場の中心にひっそりと佇む「静けさの森」へ。

『WIRED』ポッドキャスト版ではこの行程を音声で楽しめるので、ぜひ実際に同じルートを歩きながら副音声としても活用してほしい。万博の真髄が、予約なしで堪能できるはずだ。

PHOTOGRAPH: MISA SHINSHI

〈静けさの森〉編

宮田裕章(以下、宮田):それでは「静けさの森」に向かいましょう。「大屋根リング」を設計し、万博の会場デザインプロデューサーを務めた藤本壮介さんの建築って、コンセプトがすべて「森」なんです。人と世界をつなぐ象徴として「自然」があり、その自然の象徴として森を選んでいる。例えば日本は、自然を放っておくと森になりますよね。

松島倫明(以下、松島): 確かに、砂漠や草原ではなく。

宮田: だから別に「森が優れている」という話ではなくて、森は日本の自然を象徴するかたちだと捉えているんです。そして、リングも「森」なんですよね。世界中の人たちをつなぐ場所になっていますから。

実は「世界を感じる森」と「生態系を静かに感じる森」の二重構造になっています。リングはほとんどの人が度肝を抜かれる圧倒的なコンテンツですが、「静けさの森」はまた少し違うアプローチで、「静かに未来に耳を澄ませる」ような場所です。

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PHOTOGRAPH: MISA SHINSHI

松島: 「静けさの森」というネーミングもいいですよね。

宮田: あれは藤本さんがネーミングしました。

松島: 「万博」と「静けさ」が言葉として併存可能なのか! という意外性があります。

宮田: 万博全体はやはり賑やかですけど、これからご案内する「静けさの森」は、周囲の喧騒と比べると、かなり静かな空間になっています。改めてなぜ「森」なのかというと、これはもう『WIRED』ではおなじみだと思いますが、やはりデジタル技術の革命によって、わたしたちはいま文明の転換期に来ているんですよね。かつて農業革命によって「所有」や「階層」、「宗教」が生まれ、さらに産業革命で大量生産・大量消費の時代へと進みました。そうしたなかで未来を問い直す動きが生まれていて、それが「グレートリセット」や「SDGs」の文脈にもつながっています。

経済や技術はあくまで手段であり、目的ではありません。わたしたちに本当に必要なのは、「どんな未来を描くのか」という想像力です。その想像力を使って共に歩むための場所が、森なんです。

PHOTOGRAPH: MISA SHINSHI

松島: ちょうど「未来につながる森」にやって来ました。

宮田: デジタル時代において、最も重要な要素は「つながり」だと思っています。そしてわたしたちは、それを「共鳴」と定義しているんです。なぜ「共鳴」なのかというと、ただつながるだけではなく、相互に影響を与え合う技術としての本質があるからです。そう考えたとき、この社会は人間だけでなく、さまざまな命──さらには命あるものだけでなく、無機物な物質も含めて──がつながっていく時代に入っていると感じます。これは、例えば石黒浩さんのロボットやAIなどにも象徴されています。

こうした「つながり」のなかで生きることを考えたときに、会場の真ん中に「静けさの森」があるという構成は、非常に象徴的だと思います。これまでの万博では、太陽の塔のように中央に強い人工物をドンと置く構造が一般的でしたが、今回はそうではなく、生態系を招こうというのが基本的な趣旨なんです。

ここも、本来なら枯れるはずだった周囲の森の木々を再生させて使っています。つまり、成長の過程で日照が得られずに枯れる運命だった木を、ここに招いて“リバイブ”させているんです。ですから、ここは「再生の象徴」なんです。

松島: ここは本当に気持ちのいい空間だと、前回訪問したときにも感じました。

宮田: 2カ月前、立ち上がったばかりのころは、まだ木々がまばらだったんです。でも、いまはとても豊かになってきています。そして、空が目の前の水面に映り込んでいますね。

PHOTOGRAPH: MISA SHINSHI

松島: まさにオアシスという感じですね。

宮田: この池そのものはアート作品ではありませんが、実はオノ・ヨーコさんの作品《Cloud Piece》と、大屋根リングが切り取る空とが連動しているんです。

松島: フラクタル構造になっているんですね。

オノ・ヨーコ《Cloud Piece

PHOTOGRAPH: MISA SHINSHI

宮田: オノ・ヨーコさんの作品は、この池に入っていく2つのポイントに設置されています。小さなバケツの中の空を一緒に見る、というものなんです。彼女がジョン・レノンと一緒につくった「イマジン」につながりますよね。 「イマジン」は「平和を想像しよう」というメッセージをもった曲ですが、その本質は「空を見て、未来を想像する」ことなんです。 今回の万博でも、もちろん経済は大切ですが、「未来をどう想像するか」「どう共に歩むか」ということが大きなテーマになっています。

《Cloud Piece》を見たあとにこの池に来ると、「空が見える」という気づきがある。それが本当に素敵なんですよ。空って、普段はどこにでもあるものですが、この場所で見ると少し違って見えるというか、未来について考えさせられるようになるんです。

松島: 確かにそうですね。バケツの直径は10cmくらいですが、それを体験すると、この池の広さが、もっと意味をもって感じられるというか。想像力が拡張されるということですね。

宮田: まさにその通りです。そして再びリングに登れば、もっと大きな空が見えてきます。それは『WIRED』を読んだときの、そこに広がる無限の空のような感覚にもつながっていくのかもしれませんよね。

松島: 『WIRED』を読んで「難しいな」と感じたら、一度ここに来たらいいわけですね(笑)。

宮田: わたしたちの理念のひとつに「五感で感じることを大切にする」というものがあります。例えばリング、森、空のこのつながりは、非常に重要な「共鳴の装置」になっているんです。

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松島: 宮田さんは、この森全体のプロデューサーも務めていらっしゃるんですよね。それには藤本さんもかかわっていて、キュレーションは長谷川祐子さんと一緒にやられている。

宮田: はい。長谷川さんとはパビリオンも一緒に手がけていて、テーマ事業全体を共に進めてきました。

松島: 本当に体験ベースでつくられているなと感じます。例えばこの静けさの森にしても、説明文がほとんど書かれていないじゃないですか。でも、それが本当に贅沢だなと思えて。自分のなかにあるリソースで、どれだけこの空間を受け取れるかが問われるような気がします。

宮田: おっしゃる通りですね。

松島: 今回の万博を読み解くカギって、まさにそういう「受け取る力」だと思います。前回来たときも「あ、ここが核となる場所だな」と思ったんです。みんな森の周りを歩いてはいるんですが、なかなか中には入ってこない。でも、それがまたいいですよね。

宮田: いま、わたしたちしかいないですもんね。

松島: 完全に独占してますね(笑)。でも、それがいい。ここがいちばんコアな価値なんじゃないかと思います。

宮田: ちょうどいま、鳥がやってきましたね。これがのちほどご案内するトマス・サラセーノのアート作品《Conviviality》にもつながっていくんです。生態系を招くということが、本当に実現できているんですよ。

PHOTOGRAPH: MISA SHINSHI

松島: 万博のど真ん中で、しかも人がものすごく多い場所なのに。

宮田: 実は開幕前は鳥がたくさんいて、朝にはけっこう姿を見せていたんです。日中はさすがに人が多いのでいったん離れてしまうのですが、それでも最近はまた来てくれるようになりました。生態系が少しずつ、この場所に根づいてきた証拠だと思います。

松島: 木陰も増えてきて、生命にとっていい環境が整いつつあるということですね。

宮田: 夜になると、この静けさの森では虫やカエルの声が本当にすごいんです。びっくりするくらいで、「カエルはどうやって来たんだろう?」と思うかもしれませんが、土の中に卵があったらしくて、実際にたくさんいます。本当に、生態系が形成されつつあることを実感しています。

万博の予定地というのは、もともとわたしたちがプロデューサーになる前から「会期終了後は更地に戻す」と決まっていました。でもとてもポジティブなことに、この静けさの森だけは完全に残すことが正式に決まったんです。

松島: それはすごいですね。

宮田: 残し方については、ふたつのプランがあるのですが、森の敷地全体を残すということは確定しています。これはハードレガシーとしても非常に大きな意味をもちますよね。リングについても部分的に残したいとは思いますが、少なくともこの森は完全に残ります。

PHOTOGRAPH: MISA SHINSHI

松島: あっ、いまトンボが飛んでましたよ! シオカラトンボですかね。無機物も有機物も、すべてが自然の一部としてこの生態系の中にいる存在で、自分たちもいて、そのつながりや共鳴が、まさにこの森で表現されている。各パビリオンでも生命を拡張するようなコンセプトが考えられていると思うのですが、そのなかでこの森を会場の中心に据えて、さらにフラクタル構造や大屋根との連携を通して、全体のコンテクストをつないでいる。これは本当に大きな文明的メッセージだと感じます。

宮田: しかも、それをあまり目立たせずに、地味に実行しているんですよね。

松島: だけど、それがちゃんと残るということは、例えばぼくがおじいちゃんになって再訪したときに、 「当時は何を感じたんだろう?」と、この木々の成長とともに思い出すことができるわけで、それは本当に贅沢なことですね。

宮田: 大阪ヘルスケアパビリオンには2050年の夢洲をテーマにしたブースがあって、そこにこの森がちゃんと描かれているんですよ。わたしたち以外にも「森を残す」というメッセージがしっかり届いている。それがすごく嬉しかったですね。

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少し前、森を歩いて、生態系を感じながら五感で命を体験する場にアーティストを招きました。先ほどもお話ししたように、経済ではなく未来を目的とする「テーマウィーク」という枠組みをつくり、共に具体的なビジョンに向かうことを意図したものです。

これまでの万博は技術展示が先に出てきて、それが経済に飲み込まれてしまうことが多かったんです。でも、「何のための技術なのか?」という問いに立ち返れば、それはやはり「多様な未来のため」です。ですから、このテーマウィークの構成にわたしは深くかかわり、7つのテーマと、それらを横断的にまとめる「まとめのウィーク」の合計8つを構成しました。

例えば、ここには「地球と生物多様性」をテーマとする作品があります。当初は「カーボンニュートラルをテーマに」といった提案も多かったのですが、「それは手段だ」と伝えました。技術が進化して炭素を吸着できるようになったとしても、それは生物多様性を守るためであって、目的ではない。だから、テーマの目的を設定し直しました。

松島: なるほど。手段と目的が逆転しがちなんですよね。

宮田: そうなんです。そこで今回、ステファノ・マンクーゾという世界的な植物学者に参加していただきました。彼はアーティストとしても活動していて、以前からベネチアで一緒に活動していたり、セッションを組んだりしていて、とても親しい間柄なんですよ。

松島: 『植物は〈知性〉をもっている』の著者ですね。もう10年くらい前に、日本での版権を買って翻訳出版を手がけました。当時としてはすごく革新的な内容でしたし、いまでもロングセラーになっています。

宮田: 当時、松島さんがあれを選んで取り上げたセンスは本当にすごいと思います。

ステファノ・マンクーゾ and PNAT《The Hidden Plant Community》

PHOTOGRAPH: MISA SHINSHI

松島: ぼくも彼の考え方がすごく好きで、今回の宮田さんとのコラボレーションに熱いものを感じました。目の前にあるこの作品が、ステファノ・マンクーゾ and PNATによる《The Hidden Plant Community》ですね。ちょっと音も聞こえます。

宮田: これはマンクーゾの視点──つまり彼の著書 『植物は〈知性〉をもっている』の世界観を、まさに具現化したような作品なんです。命のつながりを人間中心ではないかたちで捉え直したときに、「植物の視点から見た世界とは何か?」という問いが立ち上がるんですよね。

産業革命以降、わたしたちは弱肉強食的な価値観にとらわれてきましたが、これからの時代は、デジタルによるつながりのなかでの「共鳴」がカギになると思っています。そして、それをすでに体現しているのが植物なんですよね。

植物は、自分たちだけで生きているのではなく、エネルギーを他者に分け与えたり、母体だけでなく「群れ」として生きていく存在です。今回の作品は、そうした植物のあり方をアートにしたものなんです。そしていま聞こえているこの音──実は植物が光合成を行なっているときの音なんです。

松島: ブツブツ、グツグツグツと聞こえている、この音ですね。

宮田: はい。水が幹を通っていくときの音ですね。水が吸い上げられる過程をサウンド化しているんです。葉の中にある気孔の動きも連動していて、かなり忠実に再現された仕組みなんですよ。

PHOTOGRAPH: MISA SHINSHI

松島: 細胞のような形をした箱の中に、たくさんの袋のようなものがあって、呼吸しているように見えますね。膨らんで閉じてを繰り返しています。これがまさに、植物が水を運ぶ細胞の動きなんですね。

宮田: そうです。「いのち輝く」というのが今回の万博のテーマですが、地球上の99%以上の命は植物の存在の上に成り立っていて、その基盤は光合成にあります。命の源と言っても過言ではないこの生命活動の視点から世界を見てみようというのが、この作品の主題です。

松島: ぼくたちの周りにある植物が日々行なう光合成を可視化したということなんですね。植物って、ある意味で“スーパーインターネット”みたいなものですよね。全部がつながっていて、知性もやり取りしているような。

宮田: その視点は、テーマの一角を考えるうえで本当に大事だと思っています。

松島: 万博に宮田さんとマンクーゾさんが参加しているということ自体が、すごいメッセージですよね。

宮田: ほかのアーティストはかなり著名な方々なんですが、いわば“駆け出し”がわたしとマンクーゾなんです(笑)。

松島: アカデミアで変な顔をされたりしないんですか?

宮田: 変な顔は、常にされています(笑)。でも、頑張るしかないんですよね。やはり、学問でもアートでも「未来に問いを立てること」が本質だと思います。その部分がクロスオーバーしていくことで、新しい表現が生まれてくる──それが長谷川祐子さんの思いでもあるんです。

実はこのプロジェクト、長谷川さんと4年間一緒に取り組んできました。最初のころ、わたしはまだ「アーティスト」という立場ではなかったんですが、長谷川さんが「宮田さんはもうアーティストです」と言ってくださって。それがきっかけで、表現する側としても活動を始めたんです。

松島:クリエイティブチームEiM(エイム)とも取り組んでいますよね。

宮田: そうですね。中途半端ではなく本気でやっています。マンクーゾは本当に知性のある人物で、彼と話していると、その視点のシャープさにいつも刺激を受けますね。

松島: マンクーゾさんって、『植物は〈知性〉をもっている』の次に『植物は〈未来〉を知っている』という邦題の著書もあるんです。それがぶっ飛んでる内容で、「未来は、実は植物がもう指し示しているんじゃないか」というトーンでさまざまなプロジェクトを紹介している。あの時点ですでに彼がアートの方向に進もうとしている萌芽があったんだと思います。学術的に突き詰めていくと、最終的には「社会に何かを伝える必要がある」という気づきに至るのかもしれませんね。

宮田: 確かに、いろんなパターンはあると思いますが、わたしと彼はたまたまそういったところでクロスしたのかもしれません。

「静けさの森」がまだ半分くらいの状態だったときに彼が見に来てくれて、「これはいい森だ」と言ってくれたんです。わたしたちとしては、「いやいや、そんなに大きな森でもないし……」という感覚があって。「これ、薮(やぶ)なんじゃないの?」って言われたこともありましたし、藤本さんがちょっと怒ったりもして(笑)。でもマンクーゾさんは、「多様な樹種がしっかり住み分けていて、一体となった生態系を構成している。これは非常に考えられている森だ」と高く評価してくれたんです。

松島: それはとても嬉しいですね。

宮田: そうなんですよ。マンクーゾさんが「これはいい森だ」と言ってくれたことで、周囲の認知も一気に変わりました。藤本さんが「これはいい森なんです」と言うよりも、はるかに説得力がありましたから(笑)。その後も、藤本さんと話し合いながら下草を入れたりして、さらに森を育てていったんです。なので──植物学者も「いい森だ」って言ってます!

松島: お墨付きですね(笑)。

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宮田: では、次のエリアに行きましょうか。まさにこのあとにも出てくるのですが、サラセーノのアートには、ほかの生き物たちがかかわってくるんです。そのため、動物園の専門家の方々にも監修をお願いしています。

松島: そうなんですね。

宮田: 鳥なんか来るのか?と最初は疑問視されていたんです。「人工の森なんて鳩とカラスしか来ないですよ」って。でも実際に専門家の方が現地を見て、「これはいい」とおっしゃってくださいました。理由は、さまざまな木の実が落ちてくるからです。それに惹かれて鳥たちがやってくるんですよ。

松島: 最高ですね。これだけ雑木がたくさんあって、人間が手を入れているとはいえ、その関係性のなかでこそ生まれる豊かさがあるんですよね。生物多様性もそうだし、そこに「響き合い」がある。『WIRED』でも「技術」をテーマにしていると、その対極として「手つかずの自然こそがよい」とされがちなんですが、それってひとつの幻想でもありますよね。

宮田: わたしたちも森をつくるときに、そうした「手つかずの自然幻想」に悩まされました。そこで、植物学者や生物学者、森に詳しい方々など、十数組にインタビューしてみたんです。その結論は、「人間もすでに生態系の一部である」ということでした。日本のほとんどの森も人の手が入っていますし、瀬戸内海の事例で、ある程度人間が関与することで魚が育まれる──逆に、水をきれいにしすぎると魚が減ってしまうという話もありました。

要するに、「かかわらない」のではなく、「どうかかわるか」が大事なんです。それが今回のテーマ「Better Co-Being」にもつながっています。よりよい未来を想像し、共に歩んでいくこと。“かかわり”がそれを支えると、わたしたちは考えています。孤立して生きていける命は、もう存在しないんです。

そんな話をしているうちに、ピエール・ユイグのエリアに着きましたね。

PHOTOGRAPH: MISA SHINSHI

松島: フランスのアーティストですよね?

宮田: そうです。まさに「命の境界」をずっと問い続けてきた人物です。今回の万博における彼のテーマは、「学びと遊び」。そのうえで今回表現しているのは「エコーチャンバー」です。デジタルによって新たな文明が生まれつつある一方、それを問う作品になっています。インターネットによってわたしたちの世界は拡がったりましたが、「エコーチャンバー化」が進んでいるという現実がありますよね。

プラットフォームのアルゴリズムは、わたしたちの滞在時間を最大化するように設計されています。その結果として95%以上の人が、似たようなコンテンツばかりを見ているんです。その影響で分断が深まり、政治や社会においても、右と左に極端に分かれていってしまう。そうしたときに、「じゃあ、未来の学びって何だろう?」という問いが立ち上がるんです。その答えのひとつが、「不確かなものに向き合うこと」だと思います。

PHOTOGRAPH: MISA SHINSHI

ピエール・ユイグの作品のひとつ《La Déraison》は、まるでローマ時代の遺跡のような、あるいは打ち捨てられた記念碑のようにも見えるかもしれません。でも実はこの作品、人肌のように温かいんですよ。

松島: ぬくもりがありますね。一体どうなってるんですか?

宮田: 中にヒートポンプが仕込まれていて、触れると人間のようなぬくもりを感じるようになっています。この「気持ち悪さ」と「不確かさ」こそが、この作品の大きなテーマなんです。

松島: いきなり艶かしい雰囲気になりますよね。

宮田: 自然と一体化させるように、苔や周囲の自然と調和させることも、ピエールからの強い要望でした。だからこの彫刻は単なるオブジェではなく、「これは生きているのか、いないのか?」という問いを含んでいますし、自然の一部として溶け込むような存在になっているんです。

そして、この作品は夜になるとさらに変化します。いまは昼なので見ることはできませんが、夜にはパフォーマンスが始まるんです。仮面をつけた人物が登場し、その仮面にはAIが仕込まれています。そのAIが周囲の状況や人の動きを認識しながら、人間にはわからない言葉を発するんです。

松島: えっ、人間には理解できないんですか?

宮田: はい。ですが、仮面同士では通じ合っているような演出がされています。不気味なんだけれど、美しい。彼らがこの森の中に静かに現れて、また去っていく。まさに「不確かさと向き合う」ということを、体験として表現しているんです。

ピエールは、昨年のヴェネチア・ビエンナーレでも素晴らしい展示を行なっていました。プンタ・デラ・ドガーナという会場で「liminal(リミナル)」という展覧会を開き、「境界を曖昧にする」というテーマに深く踏み込んでいました。単なるポリティカル・コレクトネスではなく、曖昧さのなかにある本質的な違いや、不確かさと向き合うことの大切さを伝える内容でした。

ピエール・ユイグ《La Déraison》

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この作品は、万博の喧騒から最も遠い場所にありますが、夜になるとその世界観がよりはっきりと立ち上がってくるんです。今回、ピエールが万博に参加してくれたのは、1970年の大阪万博で人生を変えるような経験をしたからなんです。そんな彼のアート界における評価は、さらに高まっています。

松島: 不気味さって、現代の人にとっては、自然に対する感覚なのかもしれませんね。でも人間って、もともとそういうところがあるのかもしれません。

宮田: そうですね。例えば森の中で、鈴の音を聞き分けられるかどうかで敵か味方かを判断するような文化もありますし、ドイツでは「森は不気味な場所」と捉える側面もあるんです。でも、そういう存在とあえて向き合うことこそが、問いを立てるということなんですよね。

松島: この人肌のようなラフな造形に触れる体験は、何重にも問いを生み出していると感じます。気づかずに通り過ぎてしまう人もいそうですよね。あまりに自然に溶け込んでいて。ここは本当に静かですね。いま、この空間を、ほとんどぼくらだけが独占していますが、絶対に来るべき場所です。

宮田: 『WIRED』読者の皆さんには、ぜひ来ていただきたいですね。予約がなくても楽しめるコンテンツとして開放していますし、今後はパビリオンも自由観覧の時間を拡大していく予定です。予約ができなくても、思索を求める人には開かれた場としてありたいと思っています。静けさの森と大屋根リングは開放されているので、夜には夜なりの、雨の日には雨の日なりの、それぞれの体験が広がっていくと思います。

松島: そして次の作品が見えてきましたね。

宮田: あ、蝶が飛んでいますね。

松島: 本当だ! 花もきれいに咲いていて。

宮田: このあたりのポイントが、チーム内で「ベストビュー」とされている場所なんです。これが、トマス・サラセーノによる《Conviviality》。「コンヴィヴィアリティ」って、発音も少し難しい言葉ですよね。日本語タイトルは「共に生きる喜び」としています。人間だけではなく、さまざまな命と一緒に生きるということです。このアートは雲をモチーフにしていて、空を見上げる構造になっているんですよ。これ、実は鳥の巣箱にもなっているんです。

トマス・サラセーノ《Conviviality》

PHOTOGRAPH: MISA SHINSHI

松島: 確かに、よく見ると穴が開いていますね。

宮田:人間だけでなく、多様な命とともに未来を考えようというメッセージのほかに、「エアロセン(Aerocene)」というコンセプトもあります。「空」を想像しながら、一緒に未来に向かって進んでいくというものです。

松島: 「エアロセン」というのは、「アントロポセン(人新世)」と並ぶ言葉ですね。つまり地質学的な時代区分としての「空の時代」……面白いですね。

宮田: さまざまなメタファーが込められていると思うのですが、わたしは、実際に空へ行くという未来も近づいているなかで、「空を思い描きながら生きる」ということだと解釈しています。つまり、地面=足元の価値だけではなく、未来の価値というものを一緒に考えていくということ。空というのは、「支配されない場所」のメタファーでもあると思うんです。既得権益や、さまざまなしがらみにとらわれない状態を想像しながら暮らすとき、そこからバックキャストして「いまをどう生きるか」という考え方が生まれてくるのではないかと。

PHOTOGRAPH: MISA SHINSHI

松島: 多面体で構成されていますが、色はやはり空をイメージされたんですか?

宮田: そうです。長谷川さんと一緒にキュレーションしたなかでも、重要なポイントのひとつでした。当初は茶色とか赤レンガ色といった、ガーデニングで使うような色味だったのですが、「この場所には合わないんじゃないか」と話し合って変更しました。

松島: そこもコラボレーションなんですね。

宮田: はい。PNATの作品なども含め、全体的に一緒に立ち上げています。サラセーノのテーマは「未来のコミュニティとモビリティ」なんですが、それは人間のコミュニティに限らず、鳥や虫のような、さまざまな生き物の移動も含めたものなんです。

ここはまさに、コンヴィヴィアリティを体験できる場所。来場者の方が「さっき鳥が入っていきましたよ」と教えてくださって、それをサラセーノに伝えたら、ものすごく喜んでいました。ここからさらに、コンヴィヴィアリティをいろいろな方々と一緒に実現していけたらと思っています。

PHOTOGRAPH: MISA SHINSHI

松島: やっぱり皆さん、ちょっと歩みを止めて、空を見上げていますね。

宮田: この場所には、こういう青空がすごく合いますね。

松島: 水面の光が反射して、ボックスが少し動いているようにも見えます。

宮田: この水と光の“モビリティ”が、表現に反映されているのもいいですね。松島さん、素敵な解釈です。それでは、次はレアンドロ・エルリッヒの作品を見に行きましょうか。今回のこのルート、最初は「パビリオン → 静けさの森」を検討したのですが、なんだかしっくりこなくて。いまご案内している流れが、ある種の完成形のように考えています。

松島: それを『WIRED』読者に共有できるのは嬉しいです。

宮田: そうですね。わたしのなかでは最初から、大屋根リング、静けさの森、パビリオンは全部一体の流れとして構想していたんです。でも、これをまとめて一度に見せるのはどうなんだろうと思って、当初はあえて切り分けて見せていました。でもむしろ、一体として見せたほうがいいんじゃないか、と改めて感じたんです。

松島: シグネチャーパビリオンだけが切り出されがちですが、そうではなくて、すべてが連なっていることに意味があるということですよね。

宮田: いま、パビリオンの格子に光が反射していて、すごくきれいです!あ、すみません。一期一会で、毎日「こんな瞬間があったのか!」と、何かしらの新しい発見があるんですよ。いまも、わたし自身驚いています。

PHOTOGRAPH: MISA SHINSHI

松島: なんだか庭や森のようですね。毎日歩いていると、だんだんと解像度が高まっていく感じがします。

宮田: 本当にそうなんです。それからこれが、レアンドロ・エルリッヒと一緒につくった《Infinite Garden》です。彼のテーマは「健康とウェルビーイング」。ウェルビーイングというのは、身体的・精神的・社会的にも満たされている状態のことを指しますが、この場所を通じて、それぞれのつながりを感じてもらえるように設計しています。

アンドロ・エルリッヒ《Infinite Garden》

PHOTOGRAPH: MISA SHINSHI

松島: この庭、円形になっていて、四つ切りで構成されていますね。真ん中に十字の通路があります。イングリッシュガーデンの東屋というか、パゴダの中に植物が配置されているようにも見えます。中を覗くと、隣にいる宮田さんが向こう側にも見えるという。

宮田: 吸い込まれるような感じがしますよね。自分の心の中を覗き込むというか。ここは五感で感じられる空間になっているんです。植えてあるのはすべてハーブで、香りが時間とともに変化していると思います。

松島: ラベンダー、セージ、ミント、ラムズイヤーもありますね。

宮田: 四季に応じて植生も変化するので、多様性を感じられると思います。この庭の真ん中に立つと、なんとも不思議な感覚になるのは、レアンドロの得意とする「錯視」を使った空間になっているからです。屋外でこうしたトリックアート的な手法を使うのは珍しいことですが、フェイクの空と本物の空が重なっていくような設計で、空が映し込まれるからこそ時間帯や光の加減によってまったく異なる見え方になるんです。

松島: 夕焼けの時間帯に、またぜひ訪れたい場所です。

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宮田: レアンドロの作品には、子どもでも、アートに関心のない人でも自然と引き込まれてしまうような力があります。ここも、1日に10,000人以上が訪れる人気のスポットになっているんですよ。

松島: 近づいたり、見る角度が変わったりすると、体験の質も大きく変わりますね。

宮田: はい。実はこの作品、子どもホスピスでも展開される予定なんです。未来が長く続かない子どもたちにも、「未来」を感じてほしい──たとえ明日亡くなるとしても、その瞬間に希望を感じられるようにという想いが込められています。

レアンドロのプロジェクトは特別養護老人ホームやホスピスともつながっていて、「未来を一緒に見つめる」という《Better Co-Being》の本質を、建築やアート、さらには食や対話にまで拡げていくものなんです。

松島: それを知ると、また見え方が変わってきます。

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宮田: 彼とはすごく仲がよくて。「ぜひホスピスと共同研究をやってほしい」と言われたんです。子どもをサポートするという意味で彼はひとつのアートをつくったんですが、亡くなったあとに、そのご両親をどう支えるかという点では、このアートだけではまだたりないと。だからこそ、それを《Better Co-Being》の考えのなかで、新しいプロジェクトにしてほしいという話をもらいました。

松島: そうなんですね。そこには、宮田さんの医療の専門性や未来へのメッセージ、アートの要素など、さまざまな側面がすべてかかわってくるんですね。

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松島: ハーブのドリンクも提供されるんですよね? フーディーでもある宮田さんが、シェフの方々といろいろコラボしているんですか?

宮田: そうなんです。テーマはいくつかあるのですが、「食」のテーマではシェフを招いてさまざまなセッションを行なっています。この会場内では、アルゼンチン出身で世界一に2度輝いたレストラン「Mirazur」のオーナーシェフであるマウロ・コラグレコと一緒にハーブドリンクを展開したり、東京では神楽坂の「石かわ」さんと連携して、練り歩きながら石かわのいろんな店舗で食べてみよう、という企画も考えています。

松島: そんな豪華な企画があるんですね。

宮田: はい。ほかにも、対談では米田肇くんや瓢亭の髙橋義弘さんともご一緒しています。大阪の「HAJIME」は絶対王者ですし、高橋さんは「瓢亭」の15代目。日本の素晴らしい文化を受け継いできた方です。それでは最後に、パビリオンに行きましょう。

PHOTOGRAPH: MISA SHINSHI

〈パビリオン〉編に続く。

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