AIスロップ音楽の沼へようこそ──“お尻ソング”からSpotifyの人気ロックバンドまで

AIによって音楽が大量に生成され、知らぬ間にプレイリストへと忍び込んでいる。ストリーミングサービスはどう対応していくのだろうか。
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PHOTO-ILLUSTRATION: WIRED STAFF; GETTY IMAGES

あらゆるデジタルプラットフォームに氾濫するAI作品。「AIスロップ(AI slop)」と呼ばれる低品質なコンテンツは少なくなく、音楽ストリーミングサービスも例外ではない。AIに懐疑的な人でも、尻のないはずのAIが歌う「お尻ソング」を知らず知らずのうちに聴いているかもしれない。

BannedVinylCollectionというアーティストによるAI生成トラック「Make Love to My Shitter」(直訳すると「私のお尻の穴と愛し合って」)の、いかがわしい物語はこうだ。

人気政治ポッドキャスト『TrueAnon』の司会者ブレイス・ベルデンは、アルトカントリーの伝説的アーティスト、ルシンダ・ウィリアムスの1992年のアルバム『Sweet Old World』を聴き終えた直後、Spotifyが突然この下品な曲を流したと語る。「最初はこの曲がAIで生成されたとは気づきませんでした。80年代か90年代の下品なジョークレコードかと思いました」

BannedVinylCollectionの仕掛け人は「JB」と名乗っているが、『WIRED』には本名を明かしていないが、彼の18禁ノヴェルティソングがAIを使用してつくられたものだということは認めている。BannedVinylCollectionのお尻をテーマにした作品には、「Grant Me Rectal Delight」(「お尻と愛しあって」)や「Taste My Ass」(「お尻を味わって」)などがある。

彼は音楽でいくらか稼いでいると言うが、Spotifyではなく、PatreonBandcampからの収益がほとんどだという。「これでお金を稼ぐのはフェアだと思います」と彼は語った。1曲つくるのに何時間もかかり、Spotifyでの収入は月に約200ドルだという。

業界誌『Music Business Worldwide』のファウンダーであるティム・インガムも、SpotifyでAI生成音楽を追跡した自身の体験を記録している。ベルデン同様、彼に最初にレコメンドされたAI楽曲も、露骨なノヴェルティソングだった。「I Caught Santa Claus Sniffing Cocaine」など、薬物使用のテーマを70年代ソウル風のサウンドに乗せたトラックだったという。

インガムはSpotify上で、AIが関与していると思われる13組のアーティストをすぐに特定できたと記している。「これらのアーティストの月間リスナー数は、合計で約410万人にのぼります」と彼は述べている。

これらの楽曲すべてが露骨にふざけた内容というわけではなく、なかにはカントリーなど、人気ジャンルの模倣にとどまるものもあった。Spotifyは取材のコメント要請には応じなかった。

ルールづくりは発展途上

AIによる音楽の拡大先はSpotifyにとどまらない。フランスの音楽ストリーミングサービスDeezerでは、同社独自のAI検出システムがここ数カ月で、1日にアップロードされる楽曲の18%にフラグを立てているという。これは月に換算すると約60万曲にのぼる。

Deezerのシステムでは、AIコンテンツにフラグを立てて削除できるほか、AIと判断された楽曲をおすすめアルゴリズムから除外する機能も実装されている。一方、他の主要なストリーミングプラットフォームでは、リスナーに対しAI生成楽曲のレコメンド表示を明確に制御する手段は、まだ提供されていないのが現状だ。

「こうした楽曲のアップロード自体を、プラットフォーム側が許可すべきではないと強く思います」とベルデンは語る。現時点では、AI生成音楽を全面的に禁止しているストリーミングプラットフォームは存在しない。

SpotifyやYouTubeといった主要プラットフォームは、実在のアーティストを模倣したディープフェイクAI音楽については禁止措置を取っており、YouTubeはクリエイターに対して「リアルな」AIコンテンツを使用する場合はその旨を明記するよう義務づけている。一方で、SpotifyにはAI生成コンテンツの表示や拡散を制限する明確なルールは設けられていない。

AIで生成された大人気バンド

ベルデンが最初に自身の体験をXに投稿したのは先週のこと。きっかけは、突如としてSpotifyで月間リスナー数50万人以上を獲得し話題になったサイケデリック・ロックバンド「Velvet Sundown」の報道だった。報道によると、同バンドのアーティスト写真や楽曲は、いかにもAIによって生成されたものであると指摘されていた。

『WIRED』はまず、X上でVelvet Sundownを名乗るアカウントに取材を申し込んだ。アカウントの投稿では「わたしたちの音楽にはAIを一切使っていない」と主張していたが、翌日、別の人物がそのアカウントが偽物であり、バンドとは無関係である自分が運営していたと明かした。さらに、バンド用の偽のメールアドレスまで作成していたという。

AI音声認識の専門家ヨッシ・ケシェットは、Velvet Sundownの音源を「間違いなくAIで生成されたもの」だと評価する。その上で注目すべきは、その完成度の高さと爆発的な拡散力だという。「生成AIによる音楽は確かに増えているが、これは別格です。相対的に見ても、クオリティはかなり高いです」と『WIRED』に語っている。

インディー系音楽メディア『Hearing Things』の編集者であり、ミュージシャンでもあるアンディ・カッシュは、まさかの場所でAI音楽と出会った。ある日、恋人と一緒にニューヨークのプロスペクト・パークにいたとき、近くで誰かがスムースジャズ風のギター音楽を大音量で流していたという。ギターを演奏する2人は興味を持ち、演奏の出どころを尋ねたところ、その男性がYouTubeのコンピレーション動画を見せてくれた。後日、カッシュが動画を調べると、それが生成AIによるものと判定されていたことがわかったという。

カッシュは、音楽自体はちょっとダサいと思ったが、ギターの技術には心底感心したのだという。「だからこそ、AIだと知ったときはちょっとショックでした」。AI音楽を簡単に軽視できないという現実を、突きつけられた瞬間だった。

その頃ちょうど、AI音楽はさらに主流に近づいていた。今年6月、AIが生成した楽曲が米国の音楽チャートに初めて登場した。「TikTok Viral 50」で44位にランクインしたのは、Vinih Prayによる「A Million Colors」というドゥーワップ調の楽曲で、AIツール「Suno」によって作られたものだ。Spotifyでも100万回以上再生されており、YouTubeでは「この曲めちゃくちゃ好きなのが悔しい」といったコメントが上位に並んでいる。

(Originally published on wired.com translated by Miranda Remington, edited by Mamiko Nakano)

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