Duolingoが5月中旬にTikTokやInstagramの動画を削除する以前は、ソーシャルメディアでの高いエンゲージメントが、この語学学習アプリの大きな特徴のひとつだった。緑色のフクロウのマスコットは何度もバズり、若い世代のユーザーにはおなじみの存在であり、ほかのマーケターたちが羨む成功事例でもあった。
しかし、Duolingoが「AIファースト企業」への転換を宣言し、生成AIで自動化できる業務を担っていた契約スタッフの削減を計画していると報じられると、このブランドの印象は一気に悪化した。
若者たちは、ソーシャルメディア上で怒りをあらわにしながらアプリを削除する様子を投稿し始めた。それが、Duolingoのアプリを毎日継続して使い続けることで得られる大切な「ストリーク」報酬を失うことになったとしても、である。発表後数日間のDuolingoのTikTok投稿には、怒りのコメントが殺到し、その多くは「人間の労働者が自動化によって置き換えられること」への反発に集中していた。
このようなネガティブな反応は、より大きなトレンドを示している。ChatGPTの利用者は増えているものの、多くの人がAIの生活への浸透にうんざりしており、それに対して抵抗する構えを見せている。
『WIRED』の取材に対し、Duolingoの広報担当者であるサム・ダルシマーは「AIが従業員に取って代わるわけではありません」と話し、プラットフォーム上のAI生成コンテンツは「学習の専門家の指導と監修のもと」で制作されると説明した。とはいえ、同社は今後も、生成AIによって自動化できる業務については契約スタッフの利用を削減していく方針だ。
Duolingoが業務の自動化を受け入れたのは、テック業界全体で進行している大きな変化の一部だ。後払いサービスの「Klarna」やソフトウェア企業のセールスフォースの経営陣も、AIによってカスタマーサービスやエンジニアリングといった職種で新たな人材の採用が不要になるといった踏み込んだ発言をしている。こうした決定が下される一方で、開発者たちは特定のソフトウェア業務を自動化する「エージェント」と呼ばれる仕組みを売り込み、人手を減らす手段として提示していた。
とはいえ、AIによって人間の仕事が奪われる懸念は、生成AIに対する批判の一要素にすぎない。エラーだらけの出力、環境への悪影響、ユーザーのメンタルヘルスへの懸念、既存の著作物を無断で学習データとして利用する著作権侵害の問題など、批判の要因は複雑に重なっている。
2022年末にChatGPTなどの生成AIツールが登場した当初、多くの人がその革新性に驚嘆していた。例えば、“バイクに乗るアヒルのアニメ”をつくることだってできるのだ! しかしまもなく、アーティストたちが自らのビジュアル作品や文章が無断で収集され、これらのシステムの学習に使われていると声を上げ始めた。23年のハリウッド脚本家ストライキをきっかけに、クリエイティブ業界からの反発はさらに強まり、その後も出版社やクリエイター、映画スタジオによる著作権侵害訴訟の波が続いている。
変化するAI世論と高まる敵意
現在の空気感は、影響を受ける労働者側により強く共感が寄せられている。「いまはAIシステムに対して、ある種の漠然とした敵意が漂っていると思います」と語るのは、元『WIRED』寄稿者で『Blood in the Machine』の著者ブライアン・マーチャントだ。同書は労働を奪うテクノロジーに反抗したラッダイト運動を描いている。「AI企業はシリコンバレーの軌跡を一気に駆け抜けているのです」
ChatGPTのリリース前、AIの生活への浸透に「懸念のほうが大きい」と答えた米国の成人は約38%だったと、ピュー・リサーチ・センターは報告している。しかし23年後半には、生成AIの急速な普及に対する反応として、その割合が52%にまで跳ね上がった。それ以降も、この懸念の水準はほぼ同じ水準で推移し続けている。
AI倫理の研究者たちは以前から、AIが引き起こすネガティブな影響について警鐘を鳴らしてきた。差別的ステレオタイプの増幅、環境汚染、雇用の喪失など、数々の問題が学術的に研究され、報告されている。こうした懸念はかつて、労働問題に関心のある左派層や学者たちの間に限られていたが、いまでは広く一般にも共有されている。
生成AIの出力があふれるようになると、それに対する皮肉も増えた。『The AI Con』の共著者であり、Distributed AI Research Instituteの研究ディレクターを務めるアレックス・ハンナは、YouTube ShortsやInstagramリールのコメント欄でAIが生成したコンテンツを見つけた人々が、コメント欄で“トロール”(荒らし)的な振る舞いをしているケースがあるのだと語る。「以前から、ネット上でよく見られてきたものです」と彼女は言う。
このAIへの敵意は時間とともに薄れるどころか、むしろ悪化している。LinkedInでは、AIが生成した質問がしつこく表示されることに不満が集まっている。Spotifyでは、AIが自動生成したポッドキャストがSpotify Wrappedを流すことに、苛立ちの声が上がった。Redditでは、電子レンジでつくれるインスタントラーメンのパッケージに、生成AIによるイメージが使われていたことに批判が殺到した。
緊張感はここまで高まっており、もはやAIが使われた「疑い」だけでも批判の対象になりうる。例えば、この記事内にあるダッシュ記号(──)をスクリーンショットに撮って、これはAIが生成した文章の特徴だとして、筆者が一部をチャットボットで書いたのではないかと疑うソーシャルメディアのユーザーが現れても、まったく不思議ではない。
わたしが最初にDuolingoにコメントを求めた数日後、同社はTikTokとInstagramからすべての動画を非公開にした。しかし間もなく、フクロウのマスコットは陰謀論めいたジョークを交えた動画で復活する。3つの目をもつDuolingoマスクをかぶった人物が「もう最高経営責任者(CEO)や権力者たちにはうんざり。いまこそ、誰が本当の“ボス”かを見せつけよう」と語る。そしてその直後、同社のCEO本人が登場し、Duolingoでは人間が引き続き働き続けるが、AIを活用することでより多くの言語学習コースを作成できるようになると説明する動画を投稿した。
TikTokでこれらの動画は数百万回再生されたが、上位に表示されたコメントの多くは、DuolingoによるAI活用の自動化を批判する内容が占めていた。「レッスンには依然としてAIが使われていることを忘れないで。何も変わっていない」といった声が目立った。
希望よりも不安が先行するAI時代
AIがじわじわと生活に入り込んでくることへの苛立ちは、もはやソーシャルメディアの枠を超え、現実の社会にも広がり始めている。筆者が話を聞いた保護者たちは、AIの利用が子どものメンタルヘルスに与える影響を心配していた。カップルたちは、チャットボットへの依存が人間関係に亀裂を生むのではないかと懸念している。地方のコミュニティでは、AIツールの稼働に必要なデータセンターが化石燃料で動く発電機によって支えられ、その排気ガスが空気・水・土壌を汚染していることに怒りが広がっている。全体として、AIの恩恵は抽象的で実感しにくく、逆に被害のほうが即時的かつ深刻に感じられているのだ。
情報へのアクセスが民主化され、一般の人々に驚くような恩恵をもたらしたインターネット黎明期とは異なり、生成AIの時代は、やや中途半端なソフトウェアのリリースや、人間の仕事がAIに置き換えられるという脅威によって特徴づけられている。特に、就職活動を始めたばかりの新卒者にとっては、エントリーレベルの仕事が奪われるという不安が深刻だ。
「20世紀のイノベーションのエコシステムは、人間の可能性を広げるための機会をより多くの人に開くことを目的としていました」。こう語るのは、エディンバラ・フューチャーズ研究所のテクノロジー哲学者であり、アルゴリズムから人間の主体性を取り戻すことをテーマにした著書『The AI Mirror』の著者でもあるシャノン・ヴァラーだ。「いまのイノベーションは、すでに過剰なほどの力とリソースをもっている人たちに、さらに恩恵をもたらすものになってしまっています」
AI時代においては、富裕層がさらに富を増やしているだけでなく、その一方でテクノロジーがもたらすさまざまな被害が、有色人種を含む周縁化されたコミュニティに集中している。「データセンターは、黒人や褐色人種の人々が多く住む、非常に貧しい地域に建てられる傾向があります」とハンナは指摘する。
地元の人々はネット上で抗議するだけでなく、環境汚染から地域社会を守るために、実際に現地での活動も活発化させているという。最近では、テネシー州メンフィスでイーロン・マスクのAI企業「xAI」が、大型のデータセンターを建設中で、そこでは30基以上のメタンガス発電機が有害な排気ガスをまき散らしている。
生成AIが労働市場に与える影響も、批判者たちが声を上げている重要な論点のひとつだ。「労働者たちは、多くの評論家が考えているよりも直感的に物事を理解しています」とマーチャントは語る。「人々は、これは人間を排除するための露骨な試みにすぎないと見抜いているのです」。次に世論が大きく動くのは、より広範な労働者層がさらなる脅威を感じ、それに対抗して組織的な行動を起こすときだろう。そして今度は、実際の抗議活動がネット上の炎上と同じくらい、あるいはそれ以上に大きなものになるかもしれない。
(Originally published on wired.com, translated by Eimi Yamamitsu, edited by Mamiko Nakano)
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