米司法省(DOJ)は7月7日、児童への性的暴行などの罪で起訴され、勾留されていた米投資家ジェフリー・エプスタインが、死んだ状態で発見された監房近くに設置されていた監視カメラ映像を約11時間分公開した。連邦捜査局(FBI)との共同発表により公表されたものだ。
DOJはエプスタインが発見された前夜の映像について、「完全な生(full raw)」の映像素材であると説明した。エプスタインは連邦拘置施設で自殺したとされているが、「口封じのために殺された」との陰謀論は消えない。映像公開は陰謀論に終止符を打つためのものだったが、むしろ加熱させることになるかもしれない。
『WIRED』と独立の映像鑑識専門家が分析した映像に埋め込まれたメタデータからは、映像が直接書き出されたものではなく、プロ用編集ツールであるAdobe Premiere Proを使って加工されたと思われる痕跡が見つかった。公開されたファイルは少なくともふたつの映像を繋げたもので、何度か保存され、書き出された上でDOJのウェブサイトにアップロードされていた。DOJはそれを「生」の映像素材であると説明した。
映像編集の経緯が不明
映像が加工されているとはいえ、具体的に何が変えられたかは明確ではなく、メタデータはだます意図で操作したことを証明しているわけではないと専門家たちは言う。公開のため、手元のソフトウエアを使って編集しただけで、ふたつの映像をつなぐ以外の加工はされていないかもしれない。だが、プロ用の編集ソフトを使ってファイルを加工したことが明確に説明されなければ、DOJ文書の説得力は陰る。それでなくとも疑惑がかけられているなか、ファイルをどのように加工したかが曖昧だと、陰謀論に新たなネタを提供することになるだろう。
陰謀論と過激主義者について執筆するマイク・ロスチャイルドは、十分な説明がなされない公式発表は何であれ、陰謀論に取り込まれてしまうと語る。「エプスタイン陰謀論のどのバージョンを信じていようと、今回の映像は格好の補強材料になるでしょう」
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DOJとFBIが7日に文書と映像を共同発表するまでの何カ月もの間、司法長官のパム・ボンディはエプスタインに関係する記録を公開すると約束しており、エプスタインの死と有力者たちとの関係について、有罪につながる新証拠が浮上するのではないかとの期待を高めてきた。しかし、文書は新たな情報を明かすことなく、何年も前に出された結論をなぞるだけだった。すなわち、エプスタインは2019年8月10日、性目的の人身売買の罪で裁判を待っていたマンハッタンの拘置施設の監房内で自殺しているのが見つかったと。
この結論を裏付けるため、FBIはエプスタインが勾留されていたメトロポリタン刑務所の特別収容区(SHU)の共有部分を映す監視カメラ映像を検証した。FBIはコントラスト、色調、シャープネスを調整して、調整済み版と「生」とされる版の両方を公開した。どちらもPremiere Proで加工されており、メタデータはほぼ同じだった。FBIによると、問題の時間帯にエプスタインの監房につながるエリアに入った人間は、すべて監視カメラに写っていたはずだという。
エプスタインが収容されていた刑務所内共有部分の「生」の監視カメラ映像に埋め込まれたメタデータ:2025年7月8日、『WIRED』はDOJが公開した動画ファイルをダウンロードした。この動画は、ジェフリー・エプスタインが死亡しているのが発見される前夜、彼の独房付近に設置されたカメラの「完全な生」の監視映像ファルだと説明されていた。メタデータを分析するため、わたしたちはそのファイルをExifToolというツールで処理した。埋め込まれていたメタデータのうち、記者個人の機器に関連する情報は除外されている。
メタデータが示す4回の保存履歴
独立の映像鑑識専門家ふたりの協力を得て、『WIRED』はDOJが公開した21ギガバイトの映像ファイルを調べた。メタデータツールを使って、事後処理の痕跡があるか確認するため、記者はEXIFとXMPの両方のデータを分析した。
映像編集ソフトを使って編集されたことを表すファイル拡張子を含むメタデータは、「生」のファイルがPremiereと思しきAdobeのソフトを使って加工されたことを明らかに示している。専門家によると、PremiereやPhotoshop といったAdobeのソフトはファイルを書き出したときに痕跡を残す。どの素材が使われ、編集の過程でどのような動作が行われたかの記録をメタデータに残すことが多い。今回の場合、メタデータは、「MJCOLE~1」というウィンドウズユーザーによってファイルが2025年5月23日の23分の間に少なくとも4回保存されたことを示している。保存される度に映像が変更されていたかどうかは、メタデータからはわからない。
メタデータから、映像は監視カメラから直接書き出された連続映像ではなく、少なくともふたつのMP4ファイルを合体したものであることがわかる。メタデータには、2025-05-22 21-12-48.mp4と2025-05-22 16-35-21.mp4というふたつの素材映像と、Premiereプロジェクトファイルがある。これらは、書き出された映像ファイルの元になった素材を追跡するためのAdobeの内部構造の一部である「ingredients(素材)」と分類されたメタデータ・セクションの中にある。映像のどこでふたつの素材が繋がれたかは、このメタデータではわからない。
証拠保全の観点からの問題
カリフォルニア大学バークレー校でデジタル鑑識と誤報について研究する教授であるヘイニー・ファリドは、『WIRED』の求めに応じてメタデータを検証した。ファリドはデジタルイメージ分析とディープフェイクを含むメディア操作検知の専門家で、デジタル証拠に関係する裁判で何度も証言している。
ファリドは、この映像のメタデータには証拠保全の観点から問題があると指摘する。証拠保全とは、採取から法廷での提示に至るまでのデジタル証拠の取り扱いを指す。物的証拠と同じように、デジタル証拠も証拠能力を失わないように取り扱われなければならないとファリドは説明する。メタデータは常に精密ではないとはいえ、証拠能力が損なわれていないかに関する重要な情報を示すことができる。
ファリドは言う。「もし弁護士がこのファイルをわたしのところに持参して法廷で使えるかと聞いたら、ノーと答えるでしょう。元の素材に立ち戻って、きちんと仕事してください。監視カメラのオリジナル映像から直接書き出してください。ごまかしは許されません、と」
ファリドは別の問題も指摘する。映像の縦横比が何度かはっきりと変わることだ。「どうして縦横比が突然変わるのでしょうか?」と問いかける。
一方で、メタデータに加工の跡が明白にあるものの、監視用の独自フォーマットから標準的なMP4に書き換えるといった無害な変更である可能性はあるとファリドは言う。
無害な加工である可能性も
メタデータに加工の跡があることについて、日をまたいで映像を合体編集したり、監視映像をmp4に変換したといった害のない説明はあるのかもしれないが、FBIはファイルの加工について『WIRED』の具体的な質問に答えず、DOJに問い合わせるように言った。片や、DOJはFBIと連邦刑務局に取材するようにと言った。連邦刑務局にはコメントを求めたが、返事はなかった。
DOJ監察総監室(OIG)の2023年の報告書によると、エプスタインが首を吊った状態で発見されたメトロポリタン刑務所には約150台のアナログ監視カメラがあったが、2019年7月29日以降、技術的問題のためにそのおよそ半分が録画できていなかった。特別収容区内のほとんどのカメラも機能していなかった。
システムは8月9日に補修される予定だった。エプスタインが死体で発見される前の晩のことだ。だが、補修にあたる技術者は現場に入ることができなかった。同伴を義務付けられていた刑務官がシフトを終えるタイミングであり、同伴できなかったことが理由とされる。
その結果、エプスタインが監房内で首を吊っているのをメトロポリタン刑務所のスタッフが発見した時間帯、特別収容区で機能していた監視カメラはわずか2台だった。1台は共有エリアと隣接する南ユニット10近くの階段踊り場を見下ろし、もう1台は9階のエレベーター乗り場をモニターしていた。いずれもエプスタインの監房のドアは捉えていなかった。
DOJの文書によると、エプスタインは2019年8月9日の午後8時ごろ監房に入れられて鍵がかけられ、10:40から翌朝6:30までの間、エプスタインの監房がある階には誰も入っていないという。だが、映像記録には明らかな空白がある。午後11:58:58から午前12:00:00までのおよそ1分間、映像が途切れるのだ。その後、映像は復活する。
DOJ監察総監室の報告書によると、エプスタインを抹殺する陰謀の証拠は見つからなかった。その代わり、報告書にはメトロポリタン刑務所における何年にもおよぶ人手不足とシステムの崩壊が記されていた。この刑務所は、DOJが被疑者勾留に適していないと判断した後、2021年にいったん閉鎖されていた。
映像公開翌日の記者会見で、1分間の映像欠落に関してボンディは、日々の録画サイクルの欠陥によるもので、毎晩1分間映像は途切れると説明した。
陰謀論を加速させる状況
エプスタインを巡る陰謀論は長年人々の耳目を集めてきただけに、公式見解にいささかでも妙なところがあれば、厳しい精査の対象となるだろう。陰謀論者のアレックス・ジョーンズはDOJの文書が「気持ち悪い」と言い、「次にDOJは『実はジェフリー・エプスタインなんて人はいませんでした』と言い出すぞ」とXに投稿した。
「陰謀論の世界では、何かが起きたことへの反証こそが、起きたことの証明になるのです」と、ロスチャイルドは説く。エプスタインの死は、まさにこの現象の好例だと言う。「刑務所スタッフの怠慢、監視カメラの機能不全、検視官報告書など、エプスタインが自死したことを示すあらゆる証拠が、陰謀論者にとっては、犯罪をきちんと葬ることのできなかった有力者たちによってエプスタインが殺されたことを示す証拠となってしまうのです」
映像が欠落していることは当然、疑惑の火に油を注ぐだろうとロスチャイルドは考える。
『WIRED』の分析と同じ結論を出した映像鑑識専門家は、匿名を条件にこう語った。「疑わしいですね。でもDOJが映像に関する基本的な質問に答えないことのほうが、疑わしく思えます」。この専門家は、プライバシー保護とエプスタイン事件への関連付けを避けるため、名前の公表を拒んだ。
(Originally published on wired.com, translated by Akiko Kusaoi, edited by Mamiko Nakano)
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雑誌『WIRED』日本版 VOL.56
「Quantumpedia:その先の量子コンピューター」
従来の古典コンピューターが、「人間が設計した論理と回路」によって【計算を定義する】ものだとすれば、量子コンピューターは、「自然そのものがもつ情報処理のリズム」──複数の可能性がゆらぐように共存し、それらが干渉し、もつれ合いながら、最適な解へと収束していく流れ──に乗ることで、【計算を引き出す】アプローチと捉えることができる。言い換えるなら、自然の深層に刻まれた無数の可能態と、われら人類との“結び目”になりうる存在。それが、量子コンピューターだ。そんな量子コンピューターは、これからの社会に、文化に、産業に、いかなる変革をもたらすのだろうか? 来たるべき「2030年代(クオンタム・エイジ)」に向けた必読の「量子技術百科(クオンタムペディア)」!詳細はこちら。