マイクロソフトとOpenAIは7月8日(米国時間)、米国で2番目の規模をもつ教員組合であるアメリカ教員組合(AFT)とともに、人工知能(AI)研修センターの立ち上げを支援すると発表した。Anthropicもこのイニシアティブに参加している。
AFTによると、2,300万ドル規模で進められるこの初の取り組みは、幼稚園から12年生を担当するAFTの教師に対し、AIを学校教育に取り入れるための研修を提供することを目的としている。国立AI教育アカデミー(National Academy for AI)と呼ばれるこの研修センターは、今年後半、ニューヨークに開校予定だという。
AFT会長のランディ・ワインガーテンは8日の記者会見で、「教師たちはいま、賢明なやり方で、倫理的かつ安全にAIの利活用を指導しなければならないという、大きな課題に直面しています」と語った。「2022年11月にChatGPTが登場したとき、これが世界を根本的に変えるだろうと確信しました。問われたのは、AIを後から追いかけるのか、それを活用するのかということでした」
教育現場が抱えるAI活用の課題
学校側はここ数年、OpenAIのChatGPT、マイクロソフトのCopilot、グーグルのGeminiといったAIチャットボットを活用する生徒たちに追いつくのに苦労してきた。これらの技術は論文執筆や数学の問題を解くのに高い能力を発揮する一方、誤った回答を正解であるかのように提示することもある。保護者、教師、雇用主らは、チャットボットに頼ることで生徒が自分で考える力や基本的なスキルを身につける機会を失うのではないかと心配している。
一部の学区では、AIを利用した不正行為を検知するための新しいツールを導入し、教師たちは生成AIの適切な活用に関する授業を展開し始めている。教師たちは、時間のかかる指導案や教材の作成にAIを活用するとともに、AIが授業の双方向性や創造性を高める手助けになっていると評価している。
AFT会長のワインガーテンは、教師たちがAIを教育にどう取り入れるかという議論に参加すべきだと語っている。新設されるアカデミーは、教師が急速に変化するAI技術をよりよく理解し、多くの仕事でAIの活用が欠かせなくなる世界に生徒を送り出すため、カリキュラムを進化させる一助となるかもしれない。
OpenAIでグローバル政策の最高責任者を務めるクリス・レヘインは8日、AIの普及とそれに伴う生産性の向上は、不可避だと話した。「AIによる生産性向上の恩恵を、誰もが受けられるようにするにはどうすべきでしょうか?その取り組みを始めるのに、教育現場ほど適した場はありません」と語った。
テック企業の参入への懸念も
しかし、このプログラムは一部組合員の反発を買いそうだ。アメリカの教育現場で起こっている大手テック企業の商業的インセンティブへの懸念があるためだ。
グーグル、アップル、マイクロソフトの3社は長年にわたり、子どもたちを生涯ユーザーに育て上げるため、学校への自社ツール導入で競い合ってきた。(かつては緊密な協力関係にあったマイクロソフトとOpenAIも、次第に競合する立場になりつつある)。
つい先週、オランダの複数の教授が地元の大学に対し、AI企業との資金関係を見直し、教室でのAI使用を禁止するよう求める公開書簡を発表した。しかし、生成AIチャットボットの利用が広がる中、全面的な使用禁止は現実的ではないと見られている。そのため、AI企業、雇用主、労働組合は共通の解決策を見つける必要がある。
今回の国立AI教育アカデミーによる研修の試みは、マイクロソフトが2023年12月にAIシステムの開発・導入においてアメリカ労働総同盟・産業別組合会議(AFL-CIO)と結んだ提携に続くものだ。アメリカ教員組合(AFT)は、AFL-CIOの一部であり、マイクロソフトは当時、教員や学生向けにAI教育を模索するため、同組合と協力するとしていた。
AFTとアカデミーで提携するテック企業3社は、今後5年間で約40万人の組合員、つまり全国の教師の約10%を支援しようとしている。この新しい研修が、AI利用に関する地域の政策(しばしば選挙で選ばれた教育委員会によって決められる)と、どのように絡んでくるかは不明だ。
プレスリリースによると、このアカデミーのカリキュラムには、「第一線で活躍するAI専門家と経験豊富な教師」が設計したワークショップとオンラインコースが含まれ、継続教育単位として認定される。同アカデミーは、「AFTと官民のステークホルダーによるリーダーシップの下」運営される予定だ。
ワインガーテンは、ベンチャーキャピタリストでAFT組合員のロイ・バハットが提案した「企業が組合に集まって基準を作成する」というAI研修センターの構想を称賛した。
同組合のウェブサイトによると、同組合は幼稚園から高校までの教員のほか、学校の看護師や大学職員も含む、約180万人の労働者を代表している。AI研修は、最終的には全組合員に開放される予定だ。アメリカ最大の教職員組合である全米教育協会(NEA)には、ウェブサイトによると、約300万人が加盟している。
(Originally published on wired.com, translated by Emi Urabe, edited by Mamiko Nakano)
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雑誌『WIRED』日本版 VOL.56
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