「第三の粒子」の理論的発見は、若き物理学者の暇つぶしから生まれた

「パラ粒子」という、新たなカテゴリーの量子粒子の存在の可能性が発表された──実証されれば量子コンピューターの構築が飛躍的に前進するかもしれない。
「第三の粒子」の理論的発見は、若き物理学者の暇つぶしから生まれた
ILLUSTRATION: KRISTINA ARMITAGE/QUANTA MAGAZINE

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『WIRED』日本版が総力をあげて「量子コンピューター」の仕組みを徹底解題。

コロナ禍にあった2021年の静かなある日の午後のこと。当時ライス大学の大学院生だったジーユァン・ワンは、暇つぶしに奇妙な数学の問題を解いていた。奇抜な解法を見つけると、その数学的な解を現実世界の物理現象の解釈に使えないかと考え始めた。そして最終的に、これがまるで新種の粒子を説明するようなものではないかということに気づいた。つまり、物質粒子でも、力を媒介する粒子でもない粒子だ。何かまったく異質なもののように思われた。

ワンは、偶然のこの発見を、第三の粒子に関する本格的な理論に発展させたいと熱望し、その考えを指導教官であるケイデン・ハザードに相談した。

「わたしは『正しいとは断定できない。けれども、きみが本当に正しいと思うなら、いま取りかかっているほかのことは中断して、すべての時間をこれにつぎ込むべきだ』と伝えました」とハザードは振り返る。

25年1月、ドイツのマックス・プランク量子光学研究所のポスドク研究員となっていたワンは、ハザードとともに研究結果の精度を上げた成果を『Nature』に発表した。「パラ粒子」と呼ばれる第三の粒子が実際に存在し、その粒子が未知の新しい物質を生み出す可能性もあると述べている。

この論文が発表される以前から、ウィーンの量子光学・量子情報研究所(Institute for Quantum Optics and Quantum Information、IQOQI)に所属する物理学者マルクス・ミュラーは、別の理由からパラ粒子という概念に向き合っていた。量子力学によると、物質や観測者は同時に複数の場所に存在することができる。ミュラーは、このように現実の「ブランチ(枝分かれした世界)」が共存するなかで、観測者の視点をどう切り替えられるのかという思考実験を進めていたのだ。そのような切り替えがあると、パラ粒子の可能性に新たな制約が生じることにミュラーは気づき、ほかの執筆者とともにその結論をプレプリントとして2月に発表。現在この論文は、学術誌での発表に向けて査読の段階にある。

ワンおよびハザードの論文とミュラーらの論文が近い時期に発表されたのは、偶然だった。それでも、両方を合わせると、何十年も前に解決したと考えられていた物理学上のミステリーが、パラ粒子の研究によって再び注目されていることになる。この世界にはどんな粒子が存在しうるのか、という根本的な疑問が見直されている。

隠された世界を覗き込む

既知の素粒子はすべてふたつのカテゴリーのいずれかに分類され、このふたつはほぼ正反対の振る舞いを見せる。ひとつは物質をかたちづくる粒子で、これをフェルミオン(フェルミ粒子)といい、もうひとつは基本的な力を授ける粒子で、こちらをボソン(ボース粒子)という。

フェルミオンの決定的な特性は、ふたつのフェルミオンの位置を入れ替えると、その量子状態が負の符号をもつという点にある。このちっぽけなマイナス符号の存在が、極めて大きな意味をもつ。すなわち、ふたつのフェルミオンが同時に同じ位置に存在することはありえないという事実だ。フェルミオンを密集させても、一定以上には圧縮できない。この性質があるからこそ、物質はひとりでに崩壊したりせず存在している。どんな原子でも電子が「殻」として存在する理由もこれで説明される。このマイナス符号がなかったら、わたしたちは存在できないのだ。

「パラ粒子」を研究する物理学者、ジーユァン・ワン。

PHOTOGRAPH: Z. WANG/RICE UNIVERSITY

ボソンには、そのような制限がない。ボソンの集団はすべて、まったく同じように振る舞う。例えば、光の粒子はいくつあっても同じ位置に存在できる。レーザーをつくり出せる原理もこれであり、レーザーは同一の光の粒子を大量に放射する。このような性質から、ふたつのボソンの位置が入れ替わっても、その量子状態は同じままであるという事実が導き出される。

だが、素粒子には、フェルミオンとボソンのふたつのタイプしかないと断定することはできない。

その根拠のひとつは、量子論の根本的な特徴にある。特定の状態の粒子を観測できる確率を計算するには、その状態を数式で表したうえで、それを自乗しなければならない。その過程で差異は消失してしまう。例えば、負の符号も消える。答えが4だとして、クイズ番組『ジェパディ!』の解答者にも、元の設問が「2の2乗は何?」だったのか「マイナス2の2乗は何?」だったのかは、わかりようがない。数学的にはどちらも可能だからだ。

フェルミオンが、入れ替わるときにマイナス符号を獲得するにもかかわらず、計測されるときにすべて同じ状態になる理由はここにある。量子状態を2乗すると、マイナス符号が消えるからだ。このような識別不可能性が、素粒子の決定的な特性になっている。どんな実験でも、ふたつの種類を識別することはできないということになる。

オーストリアの物理学者ヴォルフガング・パウリは1925年、25歳のとき、のちに自身の名を冠することになる「排他律」を考案した。識別が不可能なふたつのフェルミオンが同一の量子状態を占めることはできないという原理だ。

PHOTOGRAPH: DUKAS/GETTY IMAGES

だが、消失するのはマイナス符号だけではない可能性がある。理論上、量子粒子は直接は観測できない隠れた内部状態、つまり数学的な構造をもつことも可能であり、これも2乗されると消滅する。一般的な粒子のカテゴリーの第三の粒子──パラ粒子は、位置が入れ替わるとき、この内部状態がさまざまな方法で変化することから生じる可能性がある。

量子論では存在が認められたものの、物理学者たちはパラ粒子について説得力のある数学的な説明を示すことに困難を極めた。1950年代になって、物理学者ハーバート・グリーンがいくつかの手法を試みたが、さらに研究が進むと、パラ粒子モデルは実際には典型的なボソンとフェルミオンの数学的な組み合わせに過ぎないことがわかってきた。

70年代には、パラ粒子の適切なモデルを誰も発見できない理由が解明されたかに思われた。セルジオ・ドプリチャー、ルドルフ・ハーグ、ジョン・ロバーツという3人の物理学者の名から「DHR理論」と総称される理論集によって、一定の前提が成り立つ場合には、ボソンとフェルミオンしか物理的に存在しえないと証明されたのだ。

その前提となるのが「局所性」、つまり物体はその近隣にあるものの影響しか受けないという原則だ(ハザードはこのことを、「テーブルを小突いても、すぐさま月に影響が出るわけではない」と表現している)。DHR理論での証明は、空間が(少なくとも)3次元であることも前提になっていた。

この結論の影響で、パラ粒子に対する新たな探究は何十年ものあいだ、下火になっていたが、ひとつだけ例外もあった。80年代の初めに、物理学者のフランク・ウィルチェックが、ボソンともフェルミオンとも説明できない「エニオン」という粒子を理論化したのだ。DHR理論をすり抜けるために、エニオンには大きな特徴がひとつあった。2次元にしか存在できないという点だ。

物理学者のあいだでは現在、量子コンピューティングに応用できる可能性に向けてエニオンの研究が進んでいる。2次元に限定されるとはいえ、物質の平らな表面に現れる、つまり量子コンピューターではキュービットの2次元配列に出現する可能性があるからだ。

だが、固体を形成しそうな3次元のパラ粒子となると、存在する可能性はないように思われた。その通念が、いま変わろうとしている。

視点の変換が新しい発見に

独自のモデルを構築していたワンとハザードは、DHR理論を支える前提が、局所性に伴う一般的な制約を超えていることに気づいた。「DHR理論が実際に設けている制限や制約が過剰に解釈されているようだ」とハザードは話している。ふたりの考えによれば、やはりパラ粒子は理論的に存在する可能性がある。

そのモデルによると、電荷やスピンなど粒子の一般的な特性に加え、パラ粒子の集団は別の隠れた特性も共有している。観測中にマイナス符号が自乗によって消えるのと同じように、その隠れた特性も直接観測することはできないが、粒子の振る舞い方は変える。

ライス大学の物理学者、ケイデン・ハザード。

PHOTOGRAPH: JEFF FITLOW/ RICE UNIVERSITY

ふたつのパラ粒子の位置を入れ替えると、その隠れた特性も連動して変化する。仮に、その特性を色だと考えてみよう。まず、ふたつのパラ粒子を考え、一方は内部的に赤、もう一方は内部的に青だとする。このふたつが位置を入れ替えるときには、もともとの色が保たれず、特定のモデルの数学によって決められた一定の法則でどちらの色も変化する。例えば、入れ替えると緑色と黄色に変わる。この先はたちまちもっと複雑になっていく。パラ粒子は、動き回りながら、予期しないかたちで相互に影響し合うからだ。

一方、ミュラーもDHR理論の再考に取り組んでいた。「DHR理論は、その意味するところがすっきりとわかりやすいとは言えません。いたって複雑な数学の枠組みですから」

ミュラーらは、パラ粒子の問題に新しいアプローチで臨んだ。考えたのは、量子系が同時に複数の状態をとりうるという事実だった。いわゆる重ね合わせだ。重ね合わせの状態で存在する観測者が視点を切り替えるところを想定すると、それぞれの観測者が現実の自身のブランチをわずかに異なる方法で説明する。ふたつの粒子が、確かに識別不可能なのであれば、重ね合わせの一方のブランチで粒子が入れ替わり、もう一方で入れ替わらないとしても問題にはならないことになると考えたのだ。

「粒子が接近していれば入れ替えますが、離れていれば何もしません。両者が重ね合わせの状態にあるなら、一方のブランチで入れ替えを行ない、もう一方のブランチでは何もしません」とミュラーは説明を続ける。それぞれのブランチにいる観測者がふたつの粒子を同一と判断してもしなくても、何の差もないことになる。

このように、重ね合わせの状況における識別不可能性の定義を厳密に考えると、存在しうる粒子の種類に新たな制約が生じる。こうした仮定が成り立つ場合、パラ粒子は存在しえないことをミュラーらは突き止めた。粒子が観測によって真に識別不可能であるためには、物理学者が素粒子について想定しているように、ボソンとフェルミオンのいずれかでなければならない。

論文を発表したのはワンとハザードのほうが先だったが、ふたりはまるでミュラーの考える制約を見越していたように思える。ワンとハザードの考えるパラ粒子が存在しうるのは、そのモデルがミュラーの最初の前提──量子重ね合わせの状況で必要とされるような、完全な意味で粒子は識別不可能ではないという仮定──を否定しているからだ。

これには当然の結果が伴う。ふたつの粒子が入れ替わるとき一方に何の影響もないとしても、ふたりの観測者がデータを共有すれば、パラ粒子が入れ替わったかどうかは判定できる。パラ粒子が入れ替わると、ふたりの観測の相互関係が変わる可能性があるからだ。そう考えると、観測者がこのふたつのパラ粒子を識別することは可能になる。

つまり、新しい物質の状態が存在する可能性があるということだ。ボソンは同じ状態で無限の個数を詰め込めるのに対して、フェルミオンはまったく状態を共有できない。だが、パラ粒子はその中間のどこかになる。わずかの数の粒子を同じ状態に詰め込むこともでき、混み合ってほかの粒子を新しい状態に押し出すまでは、一定の個数まで詰め込むことができる。正確にいくつの粒子を詰め込めるかはパラ粒子の細部によって異なるが、理論上の枠組みでは、可能性は無限だ。

「ワンとハザードの論文は実に刺激的でした。わたしたちの研究と矛盾する点は皆無です」とミュラーは話している。

「パラ粒子」の生成実現に向けて

存在するとすれば、パラ粒子は特定の量子物質においてエネルギーの励起状態として現れる創発的な粒子、いわゆる準粒子である可能性が高い。

「特異な相の新しいモデルが得られ、以前は理解しがたかったそのモデルも、パラ粒子を利用して容易に解決できる可能性があります」と、エール大学の物理学者で今回の研究にはかかわっていないメン・チェンは語っている。

ペンシルベニア州立大学の実験物理学者で、ハザードと共同研究することもあるブライス・ガドウェイは、今後数年のうちに研究室環境でパラ粒子が現実のものになるだろうと楽観的だ。

その実験で使われる可能性が高いのがリュードベリ原子──電子が原子核から遠く離れた軌道上にある励起状態の原子で通常の原子よりもサイズが大きい──だ。正と負の電荷が分離しているため、リュードベリ原子は電場に対して特に反応性が高くなる。この原子の相互作用を利用して量子コンピューターも構築できる。パラ粒子をつくり出すにも、理想的な候補なのだ。

パラ粒子の生成について、ガドウェイはこう述べている。「リュードベリ原子を用いる何らかのシミュレーターなら、パラ粒子のような振る舞いもごく自然です。それを準備して変化を観察するだけでいいのです」

とはいえ、いまのところ第三の粒子は純粋に理論上の存在に過ぎない。

「パラ粒子は重要になるかもしれませんが、現在はあくまでも理論的な探究の対象です」。ノーベル物理学賞の受賞者でもあり、エニオンを考案したウィルチェックはこう語る。

※本記事は、サイモンズ財団が運営する『Quanta Magazine』(編集については同財団から独立)から許可を得て、転載されたオリジナルストーリーである。同財団は、数学および物理・生命科学の研究開発と動向を取り上げることによって、科学に対する一般の理解を深めることを使命としている。

(Originally published on Quanta Magazine, translated by Akira Takahashi/LIBER, edited by Nobuko Igari)

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