ニューメキシコ州サンタフェに住む25歳のジョヴァンニ・ウルフラムにとって、オンラインデートで気になるのは、マッチングアプリのほかのユーザーから魅力的だと思われるかどうかではない。彼の最大の恐怖は、“イタい”と思われることだ。
傷つくのが怖いZ世代の選択
「顔が悪くてもなんとかなるよ」とウルフラム。「でも、“イタい”やつと思われたら……そのレッテルがくっついて離れなくなる」。マッチングアプリのHingeに18歳で登録して以来、彼はプロフィールからまじめな印象を消し去る努力をしてきた。
Hingeにはプロフィールを充実させるためのプロンプトがあるが、彼は素直には答えず、皮肉な回答をするようにしてきた。これは一種のリトマス試験だ。皮肉を真に受ける人もいるが、そういう人には返信しない。
「ぼくだって頭のなかでは、誠実さや真剣さをすごく大切にしてるんだ」とウルフラムは話す。それでも、「真剣すぎる、まじめすぎると思われる」ことが心配なのだ。
裏表のない態度やまじめさ、皮肉でなく本心から満たされていると認めること──多くの若者はインターネット上の自己像から、こうした要素を消し去っている。Z世代が“イタい”と感じるものの多くは、ほかの人には単なる率直さや正直さに見えるだろう。だが、ある世代にとっては真の自分を見せる行為が、別の世代にとってはタブーになるのだ。
インターネット上の自己像に軽さや笑いを求める傾向は、傷つく怖さや世界への幻滅と、多くの若者がどう向き合っているかを物語っているのかもしれない。
ニューヨークの心理学者ジョーダン・マイゼルは、大学生や20代の患者も担当しており、この世代が自分をさらけ出そうとしないことに気づいている。「ありのままの自分を正確に反映してつくり上げた人物像のほうが、自分がこうあるべきとかこうなりたいと思う人物像でいるよりずっと傷つきやすい、という意識が強いのだと思います」
それより冗談を飛ばすほうが楽なのだとマイゼルは話す。まじめに本当の自分を見せても、やはり笑いが起きる恐れはあり、そのほうが犠牲は大きいからだ。「感情的な表現で言えば、自分を人に見せなければ、人に傷つけられることもないという感覚です」
「イタいやつ」にならないために
マッチングアプリでマッチした相手とメッセージ交換するとき、ウルフラムはユーモアか、さもなければ無視を選ぶ。「おもしろい返信が浮かばないことも多いよ。正直に気持ちを書くなんてゾッとするから、そういうときは返信しないんだ」
プロフィールが「正直すぎる」人とはめったにマッチしないとウルフラムは話す。例えば「1日中ベッドでマリファナ片手にゴロゴロする」のが好きだと書いているような人だ。
ニューヨークに住む25歳のライラ・グッドウィリーに、誰かのプロフィールが“イタい”場合、引いてしまうか尋ねた。「悪いけど、イエスね」と彼女は言う。「でも胸を張って言えることじゃないかもしれない。だって実際に会うときには、オタクっぽい人ってちょっといいなと思うから。わたしは、もっさりした感じの人が好きというか、“イタい”感じの人でもいいかも」
だが、マッチングアプリになると好みが変わる。「みんな、好みがうるさくなってきてるの」とグッドウィリーは言う。「誰もが“イタい”という要素にウンザリしている」
彼女はその証拠として、マッチングアプリのプロフィールで見かける、おなじみのNG例を挙げた。自分が釣った魚を自慢げに持ち上げている男性や、「軍事オタク」、ジムで自撮りした上半身裸の写真を投稿する男性などだ。
そのうちに、“イタい”と感じるタイプがどんどん増えてきたと彼女は言う。「ぼくがバイクでベトナム横断したときのことを質問して」と書いている人や、自分についての「ウソはどれ? 三択問題」を出している人、ボイスメッセージを使っている人、ギターを弾く自分の動画をプロフィールに投稿している人。ここまで来ると、“イタい”のカテゴリーが多すぎて、必ずどれかしらには振り分けられてしまうだろう。
グッドウィリーにとって真剣さは、マッチングアプリで本物の愛を見つけられると心から信じている──ひどくダサい──無防備な態度の表れに見える。
「『大切な人とは思いもよらないタイミングで出会うものよ』と母はいつも言っている。プロフィールを見るときは、それが常に頭の片隅にある感じ。わたしは、『別に、すごく真剣に探してるわけじゃない。ただ何が起きるか見てみるだけ。出会いがあるかもしれないし、ないかもしれない』って感じ。だから、同じように気軽な感じでやってそうだなと思えるプロフィールに惹かれることが多い気がする」
ナッシュヴィルに住む26歳のウィル・グレイも、真剣すぎると感じるプロフィールは引いてしまうと話す。彼が真剣すぎると感じるのは、Hingeのプロンプトに「わたしが探しているのは──いいときも悪いときも、何があろうとわたしを常に支えてくれる人」と回答するような人だ。
「すごく手厳しくなってしまうんだ。アプリがそうさせている部分もあると思う。相手を評価するるように仕向けられてる」
グレイは、真剣な回答への不快感を意識しながら、自分のプロフィールをつくった。アプリのプロンプトに回答するところまで来ると、皮肉で気軽な印象になるよう心がけた。「真剣すぎないか心配」だった。自分のプロフィールは「半分まじめ」で「ちょっと皮肉っぽい感じ」だと説明する。
「それは、傷つきたくないから、無防備でいたくないからでもある」
長続きする愛は見つかるのか
この自意識のせいで、若者がマッチングアプリに求めているはずのもの──愛や愛情関係──を手に入れるのが難しくなっているとグレイは認める。「はっきり言って、まじめで真剣なエネルギーを発散している人のほうが、長続きする成功は手に入るんだろうね。自分が何を望んでいるのかオープンに認めて、無防備で正直で明確だから」
グレイと同じように、ブルックリンの25歳、アナベル・ウィリアムズも、マッチングアプリで率直な態度を取ることは成功をもたらす大きな要因になるだろうと認める。長く続く関係を求めていると書いた彼女の友人は、同じ願望をはっきり表明していた相手と、そうした関係を築いているからだ。
だが、自分自身がインターネットで出会いを探すとなると、自分の望みを明言するのは「これまで見たなかで最大のNG」で、「恥ずかしいこと」だとウィリアムズは言う。「『長く続く関係を求めています』と誰かが書いていたら、『わたしじゃない、ほかの誰かを探してるのね』と思ってしまう」
ブルックリンに住む24歳のリアム・カッツも、マッチングアプリで正直な態度を取るのは「不自然」という意見だ。まじめさを打ち出したプロフィールは、「自由の女神の前に立ってひとりで写っている写真」と同じだと言う。
「パーティで誰かと話すときに、『そうそう、ところで、ぼくはあまりタバコを吸わない。短期的な関係を求めている。ぼくってそういう人』なんて話すことは、まずないよね。人はそんなふうに会話を始めたりしない」。出会った直後に自分についてそこまで明かすのは「ばかばかしい」とカッツは話す。
「ふつうは最初に何か冗談を言ったりするものだ。そこが少し欠けている感じがする。マッチングアプリって、『ぼくが探しているのはこういう人で、こういうふうに完璧な人。この人はぼくの条件にマッチした、さあデートしよう』という感じ。そんなのなんだかつまらないし、悲しいと思う」
マッチングアプリの厳しく評価し合う文化に影響されて、ユーザーは、自分が人からどう見られるかを過度に意識する。他人のプロフィールを“イタい”と感じるだけでなく、自分のプロフィールがそうした印象にならないように、カッツは意識している。「アプリでは、自分がどれだけ厳しい目で他人を見ているか知っているから、怖くなるよ」とカッツは認める。「みんな同じことをしているんだ」
ありのままの自分を見せる怖さ
心理学者のマイゼルは、自分を正直に出す態度をさげすむ言葉が若者のあいだで多く使われていることに気づいた。「これから大学へ進み、初対面の人とたくさん出会う若者は、『cringe』(イタい人)、『try-hard』(頑張りすぎてイタい人)、『pick-me』(承認欲求が強すぎてイタい人)と思われないかと、大きな不安を抱いています。こうした言葉が武器になり、人間関係を強力にコントロールしているのです」とマイゼルは語る。
マイゼルの若い患者の多くは、自分のそうした不安こそが幸せへの道を妨げる原因だと、初めはなかなか認識できないという。「孤独を感じたり、人とつながれないと感じたり、社交不安を感じたりしてやって来る患者は、たいていその理由が自分ではよくわかっていません。しかし話をするうちに、ほかの人との距離が縮まらない裏には、そうした不安が大きな役割を果たしていることが、はっきりしてきます」
無防備になることへの強い抵抗感は、世界への幻滅というもっと大きな感覚と関係があるとマイゼルは考えている。「シニカルで悲観的な終末論者であることが、非常にもてはやされています」とマイゼル。「自己防衛の態度は、未来に対するシニカルな見方と一致していると思います」
「その対極にあるのが、無防備にありのままの自分を見せることなのです」
ある意味で、Z世代は前の世代の経てきた道を辿っているとも言える。2010年代初頭には、ミレニアル世代の皮肉な態度がずいぶん話題になった。だが、そんなミレニアル世代も、中年に差しかかると、皮肉っぽくてよそよそしい態度から、誠実さを第一とする姿勢に変わった。
ウルフラムはミレニアル世代のまじめさに「吐き気がする」と話す。彼が指摘したのは、ミレニアル世代がマッチングアプリのプロンプトに想定通りの回答をすることだ。例えば、好きなものは? というプロンプトに対して、多くのミレニアル世代が「本当に好きなものを2段落にわたって全部リストアップするんだ」とウルフラムは話す。「わけがわからないよ」
“イタい”と思われることへのZ世代の恐怖は、ミレニアル世代の皮肉っぽさとは似て非なるものなのかもしれない。ウルフラムは、自分が属する「Z世代の一部」は、少し年下や少し年上の層より「ずっと深く皮肉に毒され、常に物事を皮肉っぽく受け止めている」と考えている。理由のひとつは、インターネット上で厳しい審判を受けるという漠然とした不安に、小さなころから取りつかれていることだ。「多くは経験から来ている」とウルフラム。「ぼくは子どものころ、すごく悲しげな男の子のミームをFacebookに投稿して、笑いものにされたことを覚えている」
Z世代は気づき始めている
インターネットで出会いを探す以上、“イタい”というレッテルを完全に免れることは不可能かもしれない。そもそもマッチングアプリに登録すること自体が、“イタい”行為と見なされているらしいのだ。
「マッチングアプリっていうものが、すでにちょっと“イタい”ような気がして気恥ずかしくもある」とマンハッタンに住む24歳のエリカ・ディックは話す。そうした気恥ずかしさが、パートナー候補のプロフィールにも表れていてほしいと思っている。「『こんなのヘンだって認めようよ』という気持ちは間違いなくある。わたしは自分と同じように感じている人を探しているんだと思う」
マッチングアプリに登録すれば、恋愛への欲求を暗黙のうちに認めることになるから、アプリをそれほど真剣に使っているわけではないとプロフィールに暗に示すことは、その「イタさ」を軽減する努力の一環とも考えられる。
Hingeでは、「最も不合理な恐怖は?」や、「これまでで最もリスキーな行動は?」というプロンプトに対し、「このアプリをダウンロードしたこと」を挙げている人が多い、と何人も指摘していた。
しかし、希望はあるとマイゼルは考えている。“イタい”と思われる恐怖に立ち向かう若い患者もいるからだ。「そうした人たちは、有意義な深い関係をつくるためには、自分を無防備にさらけ出す真摯な姿勢が必要なんだと気づき始めているんです」
(Originally published on wired.com, translated by Megumi Kinoshita/LIBER, edited by Nobuko Igari)
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