アメリカン・ダイナミズムとは何か?
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アメリカン・ダイナミズムとは何か?──家族と国益のためのイノベーションという新潮流

ILLUSTRATION: Nicolás Ortega

テック右派のVC・アンドリーセン・ホロウィッツのキャサリン・ボイルは、ものづくりにおけるイノベーション──兵器やロケット、原子力発電所もすべて──は米国の時代精神を体現し、再び家族重視の国にすることにつながると考えている。

2025年3月、米国副大統領のJ・D・バンスは、ベンチャーキャピタル(VC)のアンドリーセン・ホロウィッツ(Andreesen Horowitz)が毎年開催している「アメリカン・ダイナミズム・サミット」に登壇した。

そのワシントンの会場の聴衆席には、連邦議会議員、スタートアップ創業者、投資家、国防総省の関係者らが座っていた。

バンスがステージに上がると、みな立ち上がって拍手を送り、BGMにはアラバマの「Forty Hour Week (For a Livin')」が流れた(「ピッツバーグの製鉄所で働く人へ/お時間をありがとう/あなたは生活のために週40時間働いている/流れ作業の一部として」)。

「国益のためのものづくり」

「みなさんがここにいるのはこの国を愛しているからだとわたしは信じています」とバンスは聴衆に向けて言った。「この国の人々を、この国が与えてくれる機会を愛している。そして、何かを構築すること、この国の力で経済に新たなイノベーションをもたらすプロセスは、底辺への競争[編註:規制緩和やコスト削減をめぐる過度な競争によって、質や倫理が犠牲になる現象]であってはならないとわかっているはずです」

このスピーチは、シリコンバレーと米国のニューライト(新右派)とのあいだ起きている意外な関係の変化を象徴するものだった。

ここ数年、アンドリーセン・ホロウィッツ(しばしば使われる略称の「a16z」は、AndreessenのAからHorowitzのZまでに16文字あることが由来)は、「国益のためのものづくり」をする企業への投資を拡大してきた。それはa16zが「アメリカン・ダイナミズム」と呼ぶ投資カテゴリーに分類され、そこに含まれる企業は国防と宇宙分野が大半を占める。

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例えばCastelion(カステリオン)社は、従来の兵器よりも安価かつ効果的とされる長距離・極超音速ミサイルを開発している。また、Hadrian(ハドリアン)社は、ロケット用部品に特化してエンジンノズルや機体の一部などを迅速に製造できる工場を建設している。

「アメリカン・ダイナミズム」という名称は、投資ポートフォリオの特徴を表すだけでなく、ある種の価値観も主張している──米国という国家は善であり、その国をより強く安全にするためのものづくりは道義的にも経済的にも善である、という考えだ。

25年4月、a16zはこのポートフォリオに6億ドル(約860億円)の資金を割り当てた。対象となる企業は、アプリなどのバーチャルな製品ではなく物理的な形をもつモノをつくる企業が中心であり、その活動は米国および同盟国の利益のために直接役立つことを明確な目的としている。それら企業のほとんどは、政府を顧客にしているか、規制の厳しい製品を製造している。

例えば、NASAおよび国防総省と大規模な契約を結んでいるスペースXはこのポートフォリオに含まれるが、主に消費者向けのクルマを販売するテスラは含まれていない。

ステージ裏では、キャサリン・ボイルがバンスのスピーチを見ていた。a16zのゼネラルパートナーである彼女は「アメリカン・ダイナミズム」という言葉の生みの親でもあり、同僚のデヴィッド・ウレヴィッチと共にその投資ポートフォリオを統括している。

ボイルはまだテック業界の主役級ポジションには達していないものの、常にあちこちで名前の飛び交う影響力ある人物だ。シリコンバレーの大物が集うグループチャットについて書かれた『Semafor』の最近の記事にも、彼女の名前があがっていた。『Vanity Fair』の取材では、ロサンゼルス近郊のテック拠点「The Gundo(ザ・グンド)」[編註:カリフォルニア州の小都市El Segundo(エルセグンド)から派生したこの地域一帯の愛称で、サンタモニカからロングビーチまでを広くカバーする。航空、防衛、エネルギーなどのハードテック企業、スタートアップ企業がこの地域で活動している]に集まる防衛系スタートアップの創業者たちが彼女を「素晴らしい」と評した。

バンスが異なる世界をつなぐ橋渡し役──サンフランシスコとワシントン、DOGE(政府効率化省)とMAGA(Make America Great Again)、テクノ楽観主義と右派ポピュリズム──だとしばしば言われるように、ボイルも価値観の違う集団のあいだに立つ通訳のような存在になりつつある。

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世俗的かつ左寄りとされるテック界では珍しく、ボイルは敬虔なカトリック信者だ。中絶反対の立場をとりつつも、シリコンバレーにありがちなテクノロジー主導の出生奨励主義(完全な体外妊娠を可能にする人工子宮の開発を目指すなどの思想)には距離を置いている。また、『The Washington Post』の記者としてワシントンDCで長年働いた経験もあり、そこで培ったワシントン文化の知見をスタートアップ経営者とのやりとりに活かしている。

そして何より、ボイルはアメリカン・ダイナミズムそのものを象徴する存在だ──投資ポートフォリオとしてだけでなく、ひとつの思想として。わたしとの最近のインタビューで彼女はこう語った。「米国は本質的によい国だと思います。『わたしはこの国が大好きだ』と堂々と示すような仕事をしていいんです」

サミットのプロモーション動画には、星条旗や自由の女神の映像の合間にロケットやハイテク工場の組立ラインの映像が差し込まれている。BGMにはNASCARレースのオープニング曲が流れ、レースの開会セレモニーで俳優のケヴィン・ジェームズが叫んだ「神よ、われらの兵士たちを祝福せよ。神よ、米国を祝福せよ。諸君、エンジンを始動せよ!」という声が響く。

シリコンバレーと新右派の接近

ボイルがシリコンバレーで投資家としてのキャリアを始めたのは、およそ10年前のことだ。当時について彼女は、「防衛関連は誰も手を出さない分野でした。ステータス的にも地位が低かった」と最近のポッドキャストのインタビューで語っている。実際、2018年にはグーグル社員が、軍によるドローン攻撃におけるAI利用の向上を目的とした「プロジェクト・メイブン」への自社の参加に対して抗議を起こした

テック業界の一般的な空気としては、シリコンバレーはグローバル市場向けのアプリをつくる場所であり、米国政府のための戦争機械をつくるべきではないと考えられていた。しかしボイルは、その姿勢は現実とずれていると感じた。長年にわたりシリコンバレーは「政府が重視する問題と切り離されていた」と彼女はポッドキャストで語った。

VRヘッドセット「Oculas Quest」の開発者であるパルマー・ラッキーが自律型兵器と監視システムを開発する企業Anduril Industries(アンドゥリル・インダストリーズ)を立ち上げたとき、ボイルは初期のうちからその企業に投資し、のちには取締役に就任した。

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「シリコンバレーの友人や同僚、ほかのベンチャーファームの人たちからは愚かだと言われ、さらにはファシストだとまで言われました」とボイルは語った(ラッキーは評価が二分される人物だ。彼は17年にメタ・プラットフォームズを解雇されたが、その理由についてトランプ支持の政治団体に寄付したからだと主張している。また、ゲーム内でプレイヤーが死ぬと現実でもそのユーザーが死亡する可能性のあるVRヘッドセットの試作機を設計したこともある)。

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ボイルは、Andurilのように政府向けの製品を提供する企業、特に防衛関連の企業は、ベイエリアのベンチャーキャピタリストにとって理解しづらい存在なのだと気づいた。そして彼女は、そうした企業を表す言葉として「アメリカン・ダイナミズム」という表現を使い始めた。「『アメリカ』という単語を使い、米国に投資していると公言すること──当時のビジネス界では衝撃的な決定でした」とボイルは本記事の取材で語った。

しかし、わずか数年のうちにシリコンバレーの文化は大きな転換を遂げた。10~20年前、イノベーションの頂点はFacebookなどのソーシャルメディアのプラットフォームだった。

アメリカン・ダイナミズム・サミットで、バンスは自身もシリコンバレーで働いていたその時代を振り返ってこんなエピソードを語った。あるディナーパーティーで、著名なCEOが「職を失った米国人は『完全に没入できるデジタルゲーム』のなかに人生の意味を見いだすようになる」と言ったのだと。「それを聞いて、妻はテーブルの下でメッセージを打って送ってきました。『こんなところ、もう出ましょう。この人たち頭がおかしいわ』と」

それから何年か経ったいま、一部のスタートアップ創業者はデジタルエンターテインメントから距離を置き、実体のあるものをつくる方向へと進んでいる。ボイルは、いまや「わたしは米国のためにものづくりをしている。わたし自身がアメリカン・ダイナミズムだ」と言う創業者の多さに驚いているという。

「米国を再び家族重視の国にする」

AIや自動化が労働者階級の雇用を奪うのではないかという懸念は長年存在している。だが、ボイルやその仲間たちは、こうした新技術はむしろ米国の製造業を再び活性化させて労働者階級の雇用を創出すると考える。NAFTA(北米自由貿易協定)以前の古い産業を復活させるのではなく、AIなどを基盤としたまったく新しい産業分野を支えるということだ。

ボイルにとって、この労働者階級のためのビジョンは自身の家族重視の政治観と深く結びついている。「人々がよい仕事に就けるように製造業を回帰させる──それは家庭にとって重大な関心事です」と彼女は最近の取材で語った。25年の春、ボイルはワシントンの保守系シンクタンクであるアメリカン・エンタープライズ研究所で講演を行ない、会場を埋める社会保守派の聴衆に対し、自身のプロジェクトは“家族”を重視していると訴えた。

アメリカン・ダイナミズムは「国家統制主義ではありません」と彼女は言った。「これは国益のための創造と成長をめぐる哲学であり、つまりは国家そのものです」。それから、「家族なくして国家は存在しません」と続けた。ボイルはテック系起業家や投資家に対し、家庭の味方になるよう呼びかけた。例えば、特に働く母親のために、在宅勤務をもっと当たり前のものにすべきだと主張した。

彼女はまた、アメリカン・ダイナミズムの投資対象であるOdyssey(オデッセイ)社の名前を挙げた。同社は、親が州の教育貯蓄口座をうまく活用するためのプラットフォームを開発している。この貯蓄制度についてボイルは、「税金を保護者に還元することで、子どもの教育について最良の判断を下せるようにするものです」と語った。「こうした教育の自由選択を支えるのがテクノロジーです。迅速な本人確認から、コンプライアンス対応ソフトウェア、保護者に資金を届ける決済システムに至るまで、すべてが技術によって成り立っています」

テクノロジーによるイノベーションの目的は、「文化を再形成し、米国を再び家族重視の国にすること」であるべきだと彼女は語った。

アメリカン・ダイナミズムは公式には党派的なものではなく、a16zの取り組みにおいては元国防副長官キャスリーン・ヒックスなど民主党政権下の国防高官も重要なパートナーであることをボイルは強調する。「特定の政党に紐づけて見られているとはまったく思いません」とボイルは言った。とはいえ、彼女の周囲のテック界の大物たち、例えばラッキーや、ボイルの上司のひとりであるマーク・アンドリーセンなどは、ドナルド・トランプ大統領を公に支持している。

アメリカン・ダイナミズムの理念は、バンスが提唱する米国の理想と根深く重なっている。ボイルがバンスと初めて出会ったのは数年前、ピーター・ティールが会長を務めるベンチャーキャピタルであるMithril Capital(ミスリル・キャピタル)でバンスがパートナーだった頃だ。

「16~17年当時、こういうことを公に語っていたのはごく少数の人だけでした。彼はそのひとりでした」とボイルは言う。最近バンスが取り組んでいることのひとつは、社会保守派に対し、技術革新はその派閥の価値観と両立しうると納得させることのようだ。

しかし、スティーブ・バノンなどのポピュリストはこれに極めて懐疑的だ。『The New York Times』のロス・ダウサットによるインタビューで、バノンは次のように語っている。「シリコンバレーというアパルトヘイト国家は、米国民という最大の資源を必要としていません。3分の1の賃金で働く契約奴隷を輸入してアパルトヘイトを維持する方を望んでいるんです。そして、できる限り早くその奴隷をデジタル農奴に置き換えようとしています」

アメリカン・ダイナミズム・サミットでバンスは、ポピュリストや社会保守派のあいだでこのような考え方があることを認めつつ、こう語った。「そうした人たちの多くは、労働者が仕事や地域社会、仲間との連帯感から切り離されていくことに不安を抱いています。人々が目的意識を失ってしまうと感じているのです」。そして、自身も保守派であるバンスはその懐疑心を考え直すよう呼びかけた。「偉大なる米国の産業復興はすぐ目の前にあります。わたしたちは、前向きな心と希望をもってAIの未来を迎え入れなければなりません」

ポピュリストは欠乏を愛している

製造業が成長する米国の姿に関心をもっているのは保守派だけではない。ただし、左派の人々は武器やロケットよりも気候変動を緩和するためのテクノロジーを重視する傾向にある。バイデン政権は、インフラ整備・半導体用のチップ開発・科学研究に数十億ドル規模で投資する法案を複数成立させた。

最近では、ジャーナリストのエズラ・クラインとデレク・トンプソンがベストセラー著書『Abundance(豊かさ)』[未邦訳]のなかで、規制緩和および科学研究・住宅開発・大規模インフラ計画への政府資金投入を進歩的な視点から訴えた。クラインは、トランプ政権がものづくりの新時代を切り開く可能性については懐疑的だ。

彼は最近、自身がホストする『The New York Times』のポッドキャストでこう語った。「トランプは、新型コロナワクチンの迅速な開発を可能にした『ワープ・スピード作戦』の成功の波に乗ることもできたはずです。しかしいま彼がやっているのは、科学研究や医療研究への助成削減、そして科学者たちの解雇です。国内のあらゆる種類のエネルギー開発を助けることもできたはずですが、実際にはむしろ太陽光発電や風力発電の産業を破壊しようとしています」。さらにクラインはこう続けた。「右派ポピュリストは欠乏を愛している。欠乏こそが原動力なのです」

進歩派が「アバンダンス・アジェンダ」を実行するための政治的推進力を高めるには、「よき人生」についての物語を語ることが重要である、とクラインとトンプソンは主張する。ふたりが提案する物語は、多かれ少なかれ、黙示録的危機を乗り越える勝利のストーリーだ。彼らが思い描くのは、医療費が安く、培養肉が無制限に供給され、クリーンエネルギーで動く世界が、パンデミックを防ぎ、生活費を下げ、気候変動に対処する未来だ。

一方、ボイルはこうしたアバンダンス構想の本質はアメリカン・ダイナミズムとよく似ていると述べた。しかし、彼女が語るものづくりの物語はより壮大かつ具体的である。「わたしはものづくりこそが米国の政治哲学だと思っています。まさに米国の時代精神です」とボイルは言った。

ボイルの考えでは、イノベーションを起こして新しいものをつくる理由は人類全体の幸福のためではなく、敵対的な世界の脅威にさらされている国家として、またその自治の実験としての米国を守り防衛するためである。23年、ボイルはいかにして敵が「米国に対する戦争に勝利」しうるかについて演説を行なった。その演説内容はのちに、バリ・ワイスが設立しボイルが取締役を務めるメディア『The Free Press』に掲載された。

演説でボイルはこう語った。「敵がその戦争に勝つのは、米国がイノベーションをやめたときです。わたしたちが世界にイノベーションを輸出する立場を放棄して、中国やまぬけな国際集団に譲ったときです」。ものづくりとは、個人の生活を安全で快適にするだけのものではない。個人のアイデンティティは「共同体としての義務」よりも重要でなく、「神経症的な思考」が「家族や地域社会のニーズ」を覆い隠してはならない、と彼女は言った。

わたしとのインタビューでボイルは、「その人のつくるものこそが、その人の政治信条です」と語った。そう考えれば、彼女のポートフォリオには彼女自身の政治観が如実に表れている。国防、宇宙、教育の選択、警察向けのコンピューティングツール、停電時に備えたバッテリーシステム、ロケット、ドローン、兵器──すべて、大きな目的のためのものだ。

バンスはa16zのサミットで聴衆に向けてこう言った。「わたしが自分の子どもを育てたいと思うような社会を、みなさんが築いてくれていることに感謝します」

(Originally published on The New Yorker, translated by Risa Nagao/LIBER, edited by Nobuko Igari)

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