「みんな死んでいきます」──米の援助削減で南スーダンの子どもに栄養失調の危機

トランプ政権のUSAID解体により、栄養治療食の配送システムが機能停止している。製造業者は政府からの新規発注を待ち続け、現地では在庫不足で治療が困難になっている。
View of the logo of the United States Agency for International Development  at its office in Tegucigalpa taken on...
Photograph: ORLANDO SIERRA/Getty Images

調理なしですぐに食べられる栄養治療食(RUTF = ready-to-use therapeutic foods)ほど、効果的に命を救える道具はほかにほとんどない。RUTFは深刻な栄養失調を治療するため特別につくられた食べ物で、栄養強化されたピーナツバターのようなものだ。

初夏、RUTF調達のため米政府は5,000万ドルの予算を約束したが、トランプ政権が海外支援を大幅に削減したために、世界規模でRUTFの配布は大混乱に陥っている。しかも国務省はRUTFの主要供給業者に今年分の注文をしていない。この混乱でさらに多くの子どもたちが餓死することになると、専門家たちは心配している。

「在庫は危機的に少なくなっています」。『WIRED』にこう語ったのは、非営利団体「Action Against Hunger」(飢餓と戦う行動)の南スーダン代表を務めるクレメント・ヌクビジだ。「みんな死んでいきます」

避けることのできる死

そもそも、RUTFが存在すること自体が奇跡だ。彼のNPOによると、1990年代に発明されて以来、飢えからくる死を防ぐ対策として最も偉大な革新のひとつと目されてきたRUTFは、子どもの栄養失調治療の成功率を25%から90%を超えるまでに引き上げた。

今年1月にドナルド・トランプが大統領に就任して以来、米国の対外支援は原型を止めないほど破壊された。7月1日、米国際開発庁(USAID)は正式に閉鎖され、一部業務は国務省に引き継がれたものの、多くの事業は完全に潰された。ただ、海外支援プログラムを終了していく過程で、マルコ・ルビオ国務長官ら幹部は、命を救う一部のプログラムを放棄することはないと強く言ってきた。にもかかわらず、重要な事業がいくつも破棄され、予算削減がもたらす犠牲者は1,400万人にのぼると考える専門家もいる。これらは避けることのできる死だ。

USAIDは、世界のRUTF総生産の50%に直接資金提供していた。トランプ政権は3月にいったんRUTFの契約を打ち切ったあと、2024年分の契約を復活した。だが、MANA NutritionやEdesiaといった米国の生産業者は、未だ米政府から新たな注文を受けていない。

MANAの倉庫にはRUTF が溢れかえっている。緊急事態に備えて同社は常に在庫を置いているが、倉庫にはその平均在庫の3倍近くがある。「これはすでに米政府に販売したものです」と、MANAの共同創立者のデイビッド・トッド・ハーモンは言う。「でも、誰も引き取りに来ていません」

ロードアイランド州に拠点を置くEdesiaは、同社のRUTFである「プランピー・ナッツ」の2024年の注文分をペースダウンしながら出荷し続けてきた。だが今年7 月、注文分はすべて出荷したが、国務省からは今後の注文について何の連絡もない。NGOからの注文には応じているが、その規模は米政府からの注文に遠く及ばない(USAID関係の注文はEdesiaの販売の85%、MANAの販売の90%を占めていた)。

Edesia創立者のナビン・セイラムによると、現在、122,000箱のプランピー・ナッツがスーダンに向かっている。だが、荷を受け取る国が決まっておらず、政府関係者が輸送契約を承認するのを待っている在庫が185,000箱あるという。「この半年、何も出荷できていません。それはつまり、必要な食糧を得られない子どもが何百万人もいることを意味します。でも、もはやどんなに急いでも、食糧を届けることはできません」

3月、USAID解体に伴ってEdesiaは従業員の1割を解雇せざるを得なかった。セイラムによると、滞っていた支払いの一部を政府から受け取るまでに「何週間も、何週間も、何週間も」かかったという。それでもまだ、2024年の注文の支払いは受けていない。セイラムは言う。「『このプログラムを続けたい』と言ったマルコ・ルビオ国務長官を信じます。でも、まだ今年度の注文は受けていません」

国務省広報官に予算削減のインパクトを尋ねると、メールでこう返事があった。「米国は、ひどい栄養失調の子ども約432,000人を治療するため、UNICEF(国連児童基金)に4,000万ドル提供しています。そして、150万人の子どもが深刻な状態に陥るのを食い止めるためWFP(国連世界食糧計画)に8,000万ドル提供しています」。さらに、「政府はEdesiaをはじめとする提携団体と協働し、米国を拠点とするほかの企業と提携する可能性を含めて連携のネットワークを広げ、輸送の効率化とコストパフォーマンスのいい調達を図る道を模索しています」とも。

だがセイラムによると、国務省はこうしたことを何らEdesiaに伝えてきていない。国務省のコメントを聞いてセイラムは、「現時点では、不正確です」と言った。だが、「希望は捨てていません」とも。

予算削減がもたらす惨事

米国が広範・劇的に対外支援を削減する中、ほかの国も援助を減らしている。「ほかの国が立ち上がって、溝を埋めてくれると人々は考えがちかもしれません。でも実際に起きたことは逆です」。そう語るのは、Action Against Hungerの次席ディレクター、ヘザー・スタバーだ。「慈善業界や民間基金を見回しても、溝を埋めてくれるような組織はほとんどありません」

貧困と戦うNPO「Center for Global Development」が実施した分析によると、2025年に入ってこれまでのところ、イギリス、ドイツ、スイス、フランス、カナダが海外援助を減らした。支援してくれる個人寄付者はいる。例えば、慈善家からここ数年で2億5,000万ドルの寄付を受け取ったMANAは、混乱状況の中にあっても倉庫スペースを拡張する計画を進めることができた。

支援予算削減に加えて、RUTFのサプライチェーンが乱れていることは、人道支援の現場に深刻な影響を及ぼしている。それを目の当たりにしているのが、南スーダンで仕事するヌクビジだ。援助資金の途絶はスタッフの解雇とそれに伴う診療所の閉鎖を意味し、医療を必要とする人たちははるか遠くから足を運ばなくてはならなくなった。50km、あるいは100km先から。ほとんどの人は歩くしかないため、診療所までたどり着けない人もいる。

「子どもを連れた母親も長距離歩いて来なくてはなりません」とヌクビジは言う。しかも、助けを必要とする家族がなんとか目的地に着いても、RUTFの在庫は乏しい。はるばるやって来ても、ほかの病気や死を食い止めるのに必要な医療食を、手に入れられる保証はもはやないのだ。

祖国ブルンジの紛争を逃れてコンゴ民主共和国の難民キャンプで生まれたヌクビジは、米国が提供するRUTFの恩恵を身をもって知っている。「私自身、栄養補給を必要とする子どもでした」。そう言いながらヌクビジは、米国からの人道支援は地域における「良きこと」の大きな推進力として評価されてきたと語る。「いまアフリカに広がりつつあるのは、『大惨事』です。人々は、朝起きたら予算削減命令が撤回されていることを未だに願っています」

スタバーは、さらなる予算削減が危機を一層悪化させていると語る。

「健康保健プログラムの追加削減が、最悪の事態を招きつつあります。栄養失調の子どもの免疫システムは弱くなっているからです。子どもがよくかかる病気に抵抗する力を、すでにもっていないのです」と、スタバーは嘆く。「わたしたちには、栄養失調の治療ができません。結核やマラリアの治療、HIV発症予防プログラムを進める資金もありません。栄養強化もできず、病気の治療もできないなら、ここにいる子どもたちに生きるチャンスはないのです」

(Originally published on wired.com, translated by Akiko Kusaoi, edited by Mamiko Nakano)

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